やまねこの物語

日記 「偉大なドイツ人」

先日、テレビ局ZDFが7月から行っていた「最も偉大なドイツ人は誰か?」という視聴者投票の結果が発表された。今回の発表では300人の候補者のうち、200位から11位まで発表され、10位から1位までは再度投票がなされ、こちらは約3週間後にそれぞれの順位が発表されることとなっている。トップ10には以下の名前が挙がっている。アルファベット順にアデナウアー、バッハ、ビスマルク、ヴィリー・ブラント、アインシュタイン、ゲーテ、グーテンベルク、ルター、カール・マルクス、ショル兄妹。

そういえばこの投票が始まってから色々な議論があった。例えば、その候補者リストの中にモーツァルトの名前を見つけた在ドイツ・オーストリア大使館が「モーツァルトはウィーンやザルツブルクでその生涯の多くを過ごしたので彼はドイツ人ではなくオーストリア人だ」と抗議するということがあった。番組側は「彼が生きていた当時は神聖ローマ帝国でオーストリアは存在していない」と主張し、これに対しオーストリアの各メディアは「ZDFの意見が正しいなら、ゲーテが生きていた時代も神聖ローマ帝国でドイツは存在しない。故にゲーテはドイツ人ではない」と言った議論がなされた。また同様にドイツ国内でも例えばゲーテはヘッセン人(フランクフルト・アム・マイン)かテューリンゲン人(ワイマール)か議論がなされている。このイヴェントを通してドイツ国内のそれぞれの州や街の地域・郷土意識もより強く意識されたかも知れない。同時に EU となって国境意識が薄れてきた中で、ドイツという国のアイデンティティを再認識させたかも知れない。

ところでこの結果を見てみると、トップ10に入っているショル兄妹、プロテスタントの牧師で神学者ディートリヒ・ボンヘッファー(34位)、オスカー・シンドラー(37位)、ヒトラー暗殺未遂事件を起こしたゲオルク・エルザー(97位)と反ナチスの活動をした人々の名前を見つけることが出来る。話はずれるが、この秋、ミュンヘンで11月9日のユダヤ人センター定礎式の爆破を計画していたネオナチ・グループが摘発・逮捕された。また彼らは政治家暗殺、ミュンヘンの外国人学校への襲撃、マリエン広場でのテロなどを計画しており、実際そのための爆弾などを用意していた。ミュンヘンではあまりネオナチ的なニュースを聞かなかっただけに、このニュースは多くの市民を驚かせた。この事件後、バイエルン内務省だけでなく連邦内務省レヴェルでも、ネオナチに対する対策が話し合われた。

こういったことがテレビや新聞で報道されるとドイツ人の中にある外国人排斥意識が姿を表すのか、ミュンヘン市内でもアメリカ人が酔ったドイツ人数人に攻撃を受けたりと、報道が行動を煽ったような感もあった。その同じ時期、ショル兄妹と共に白バラで活動したヴィリー・グラーフがザールブリュッケンの名誉市民になったというニュースもあった。こういったネオナチに対する不安などが今回のZDFでの投票の際、反ナチスの人々が挙げられたことに少なからず影響していると思われる。

この投票の候補者リストの中にはヒトラーを始めナチス要人の名前はない。ちなみにヒトラーはもともとはオーストリア人で、1932年2月25日にドイツ国籍を取得している(当時彼は42歳)。今回のこの投票は「誰が最も『偉大』なドイツ人か」というものなので、現代の尺度から見て「善」には当たらない彼らはその候補者リストには入らないだろう。例えばこの質問が「誰が最も『歴史に名前を残した』ドイツ人か」というものなら彼は候補者の中に入っているかも知れない。しかし例え入っていたとしても、ネオナチなどからの大量投票や投票を巡る様々な混乱を防ぐために彼らの名前は意図的に削除されるかも知れない。また結果が出てしまうと、彼らがどの順位に入っていても、それは様々な議論を引き起こすに違いない。彼らの名前を候補者リストに入れるということ、それには非常に勇気がいることである。かといって彼らをドイツ人に入れないと言うのは、彼らを否定することを意味し、同時にその時代をも否定すると言うことになり、今後の国際関係にも影響を及ぼしかねない。そういった意味では、ヒトラーを始めナチスは今なお非常に大きな影響力を持っていると言うことが出来る。

白バラ記念碑いずれにしても番組の投票において、ドイツ人がドイツ人自身をどのように意識しているかを考えながら見るのは面白い。またショル兄妹が10位以内に入ったというのも大きな意味があると思われる。この番組の結果が関係しているかどうか分からないが、ルートヴィヒ・マクシミリアン大学にある白バラ記念碑には新たなバラが献花されてあった。

 

 

 

 

 

 

 

ちなみにこの投票でミュンヘン関連を挙げると、フランツ・ベッケンバウアー(36位)、フランツ・ヨーゼフ・シュトラウス(66位)、シシー(80位)、バイエルン王ルートヴィヒ2世(139位)となっている。


追記(2003年12月15日)

最終的な結果(1位から10位)は以下の通り。
1. アデナウアー
2. ルター
3. カール・マルクス
4. ショル兄妹
5. ヴィリー・ブラント
6. バッハ
7. ゲーテ
8. グーテンベルク
9. ビスマルク
10. アインシュタイン

 

 

(2003年11月11日)

 

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