一般的にカーニバルと呼ばれる謝肉祭は、ミュンヘンが位置する南ドイツではファッシングと呼ばれる。これは正確には前年の11月11日11時11分に始まり、翌年の四旬節、つまり復活祭前の40日間が始まる前の火曜日に終わる。しかし実際には1月6日、三賢王の祝日以降、特に最後の1-2週間に盛り上がり、最終日の火曜日で最高潮に達する。この日は平日だが、午後から、例えば官公庁、銀行や商店、学校など休みになるところが多い。つまり祝日的な一日になる。
この日は午前11時から、ヴィクトァリエンマルクト(正確な発音はフィクトァリエンマルクト)の特設ステージにおいて市場で働く女性による踊りがあり、その伝統的な踊りを見るために、多くの人が特設ステージ周辺に集まる。僕はその日、友人達と午前9時に待ち合わせをして、ヴィクトァリエンマルクトに向かった。まだ朝の早い時間だったせいか、人影も少なく、その後、身動き取れないほど人で一杯になることが想像出来ないくらいに、広々とした空間が拡がっていた。ただ仮装している人が徐々に集まり、飾られたお店などから、お祭りムードが伝わってきていた。その日の朝の気温(最低気温)はマイナス10度と冷え込んでいたので、僕たちはMet(蜂蜜酒、蜂蜜入りワイン)を飲んで体を温めることにした。
暫くすると人が集まってきた。特設ステージ周辺には既に人垣が出来ている。比較的人が少なかったステージ横側で踊りが始まるのを待った。空中につり下げられたスピーカーからは、心地良い程度の音量で音楽が鳴っていた。空を見上げれば青い空が拡がっている。陽が高くなってきたせいか、それともMetを飲んだせいか身体が暖かくなってきた。司会の人がマイクで「あと20分で始まる」「あと10分」と告げる毎に、踊りを待っている人の気持ちも高ぶってきているのが、回りから聞こえる声で分かった。人が多くて身動きがほとんど取れなくなってきた頃、踊りが始まった。司会の人が市場の人を紹介している。伝統的な踊りといっても流れる音楽はポップスが中心で、踊っている人だけでなく見ている人もリズムが取りやすかった。ただ人垣が幾重にも出来ているので、特設ステージ上でなされている踊りを見るのは容易ではなかった。
踊りが終わると、回りから「市長は何処だ!」「クリスチャ〜ン!(市長の名前)」という声が耳に入ってきた。そしてその声に押されるかのようにウーデ市長がステージに上がると、一斉に大きな拍手が沸き起こった。個人的には市長の挨拶よりも、市長がステージ上から写真を撮る姿が印象に残った。市長の挨拶と他の団体の踊りが終わると、最後に「桶屋の踊り」が始められた。
桶屋の踊りの風習は1517年に始まった。当時蔓延していたペストが治まり、外出を躊躇っていた市民にその終焉と安全を告げるために、桶屋が踊ったとされるものであり、ファッシングの期間中に踊られる(2005年は1月6日から2月8日まで約350回踊られる)。1760年以降は、7年毎に踊られるという、その伝統が守られているが、何故7年毎かは未だ定かではない。昔はペストが7年おきに流行っていたか、7が幸運な数字を意味するといったことが言われているが、おそらく大公ヴィルヘルム4世(1493-1550)が当時、桶屋に7年毎に踊る権利を与えたことに由来すると考えられている。いずれにせよ今年2005年はその年だった。生演奏による非常に陽気な曲と、片足を挙げてスキップするような踊りは見ている者を楽しい気分にさせる。(ちなみにミュンヘン新市庁舎の仕掛け時計下段に、この桶屋の踊りを見ることが出来る。)
桶屋の踊りが終わると、イヴェントが終わったと言うことで、それまで特設ステージ周辺にいた人は移動し始めたので、僕たちもその流れに倣ってその場を離れた。特設ステージ周辺にいた人達は、比較的年齢層が高く、ファッシングの伝統を楽しんでいるといった感があった。その人達の代わりに集まってきた人達はそれまでと比べて若い世代が多いように感じられた。彼らはここで大音量で流れる音楽に合わせて踊るのだろう。
僕たちはその後、聖ペーター教会の塔に登ることにした。そこから人でうごめくヴィクトァリエンマルクトやマリエン広場を見ようと考えた。しかしそれまで登れていたにもかかわらず、塔の入り口に来ると閉まっており、その後もう一度訪れたときも同じで、その日は結局登ることが出来なかった。この日、マリエン広場周辺は何処に行っても人で一杯だったので、その様子を写真に撮ってそこを後にした。
帰りにこの時期よく目にするクラプフェンを購入した。これはドーナツのようなもので、ファッシングで人が自身を飾るように、この揚げパンも色々と装飾がなされる。普段は種類もほとんどないが、この時期はお店によっては10種類くらいのものが店頭に並べられ、伝統を守りつつ、遊び心を入れているのが分かる(その値段は50セントから2オイロ強と様々ある)。クラプフェンは結婚式などのお祝い時やファッシングの時に作られる食べ物であるが、その上に振りかけられる粉砂糖が、まるでお祝い時の紙吹雪が積もったようにも見え、おめでたい気分を更に盛り上げているようにも感じられる。色々なクラプフェンを見て回るのも、ファッシングの楽しみの一つかも知れない。
以下の写真は2005年2月8日(火)に撮影したもの。一部友人撮影。
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