やまねこの物語

日記 「Joe + Max」

先日、友人作曲家の勧めもあって「Joe + Max」という新作オペラ(マルクス・ハンク、アレクサンダー・シュトラオホ作)を観てきた。これはアメリカ人ボクサー、ジョー・ルイスとドイツ人ボクサー、マックス・シュメリングの話しである。会場である i-camp という劇場には今回初めて足を運んだが、そこは映画館のようにチケット売り場兼売店があって、その決して広くないロビーは、開場を待つ多くの人でごった返していた。タバコの煙がゆらゆらと舞い、またチケットも単に購入したことを示すだけのもので、チケットに記載された演目名が違っていたりと、その雑然たる様子が、一方で何処か庶民的な雰囲気を、他方で生きた文化を演出していた。

ドイツ人ボクサー、マックス・シュメリングはドイツ人初(ヨーロッパ人としても初)のヘビー級世界王者(1930-32)で、1936年6月19日、それまで不敗でアメリカの伝説的ボクサー、ジョー・ルイス(1914-1981)と対戦し、12回KO勝ちし世間を驚かせた。そして1938年6月22日、ルイスの持つ世界王者というタイトル奪還のために再戦するが、それは当時の世界情勢から「ナチス・ドイツ対アメリカ」と注目された。その2人の話しがオペラ「Joe + Max」の内容である。

劇場内の中央にはリングがあり、それを囲むように観客席が3面あって、正面奥に演奏者席が見える。観客席の数は約50ほどだろうか、それほど多くはない。客層を見てみると、ボクサーが現役だった当時を知る年代の人はほとんどいないように見え、回りを見ると若い世代が多かった。このオペラでは実際にリング上でボクシングがなされる。ジョー・ルイスとマックス・シュメリングを演じる人がいるが、それぞれ本物のボクサーで、前者は元カメルーン王者、後者は元ドイツ・ランキング1位の人である。

ボクシングと同時に、男性歌手もそれぞれジョー・ルイスとマックス・シュメリングを演じる(バイエルン州立歌劇場所属、ウィーン・フォルクス・オーパー所属)。つまりジョー・ルイスとマックス・シュメリングを演じる人が2人ずついて、ボクサーがボクシングを、歌手がボクサーの心境などを歌う。オーケストラの方は指揮者、エレクトリック・ピアノ、エレクトリック・チェロ、サックス、ヴィブラフォーンと小編成である。それにボクシングのレフリーやそれぞれのボクサーの家族、トレーナー、ヒトラー総統、ジャーナリスト、トークショーの司会など一人で17役を務める女性がいる。彼女はジョー・ルイス側の役を演じるときは英語で、シュメリング側ではドイツ語を話し、また台詞も非常に多く、一際目立った存在であった(ドイツの色々な州立劇場で女優として活躍しているとのこと)。

オペラが始まる前、スタッフの人が客席に向かって携帯電話を切っておくようにと何度も言っていた。舞台と客席が近いので、そういったことに気を遣う必要がある。暫くすると照明が落とされ、出演者が登場しオペラが始まった。観客席の前にはリングがあり、その奥に演奏者、そしてその上部と別の壁にスクリーンがあり、そこでは二人のボクサーに因んだ映像、例えばデビュー時のものなど、写真やフィルムが流されていた。つまりこのオペラはボクシングと生演奏と映像を使った総合芸術といったもので、同時に政治や歴史をも表現している作品となっている。

音楽の方は現代音楽で、メロディーがあるようで無い、しかし逆にメロディーが無いようであるとも言い得るもので、それらは時には時間の経過を表すようなものであったり、またボクサーの回りの雑音、つまり本人の意志とは無関係に盛り上がる(ドイツやアメリカという)国家や応援する人々を表現しているように感じられた。ボクシングの方もむやみに打ち合うのではなく、台詞や歌と同じように、おそらく型が決まっているのだろう。ボクシングそのものに緊張感はないが、もし目の前にボクシングがなければ、単に朗読を聞いているだけのようなものになり、作曲家が訴えたいことの半分も表現出来なかったに違いない。

オペラの内容は1936年の対戦が中心となっており、リング上のボクシングが1ラウンド、2ラウンドとラウンドが進んでいく合間に、例えばそれまでの二人の歴史が思い返されたりする。この作品は空白の部分がなく、音楽であったり台詞であったり絶えず何かがなっており、約2時間の作品が一曲といった風に感じられた。それ故、作品を中断するような休憩は一度もない。

ところで気になったシーンがある。1936年ジョー・ルイスが、そして1938年シュメリングが負けるシーンである。スクリーン上の映像には、前者の場合、炎を上げている世界貿易センタービルの映像が、後者の場合は炎上しているツェッペリン号が映し出された。これらを観ていれば、世界貿易センタービルはドイツによって攻撃され、またツェッペリン号はアメリカによって墜落させられたようにも感じられる。両者とも国家の象徴的なものであるが、それらを安易に使用するのは単に映像だけに追随し、政治や歴史を無視しているように感じられる。

しかしいずれにしてもこの作品ではボクシングの対戦だけでなく、「ドイツとアメリカの関係」というサブタイトルが示すように国家間の戦いをも表現している。1936年の対戦から始まり、1938年の再戦でシュメリングが1回KO負けするまでの話しであるが、途中で調は違うが両国の国歌が演奏されたりと、リング外の両国の対戦をも意識している。その中ではヒトラー総統も出てくる。当時国民的英雄であったシュメリングは夫人を伴って総統と首相官邸で会っている(1936年6月27日)。1936年と言えば、ドイツのガルミッシュ・パルテンキルヒェンでオリンピック冬季大会(2月6日-16日)と、ベルリンでオリンピック夏季大会(8月1日-16日)が開催され、ドイツ国内でスポーツに関する意識が強くなっていたときである。そういった状況の中でナチスによってシュメリングが国威掲揚のプロパガンダに位置づけられたのは当然のことかも知れない。

オペラの当日、演奏者の方に会ったが、その時聞いた話では、オペラの中に出てくるヒトラーとシュメリングの会話は実際になされたものとのこと。ヒトラーはプラハ出身のシュメリング夫人に対して「プラハのご出身ですか。美しく、歴史のあるドイツのプラハ!」と言っている。当時のプラハはチェコスロヴァキア領でドイツの占領下にはない。1939年3月15日にプラハはドイツ軍によって占領され、その日ヒトラーもプラハに入っているが、1936年、既に「ドイツのプラハ」とヒトラーが意識しているのが興味深い。

オペラは2人のボクサーの対戦や、「ナチス・ドイツ対アメリカ」と国を背負わされた苦悩などを表現しており、最後に2人のトークショーで終わる。彼らが生きた時代だけでなくドイツとアメリカの両国家は今現在も、それぞれを主張している感がある。これを機に別の角度から両国間の関係を見直すのも良いかも知れない。ところでこのオペラの題材となっているマックス・シュメリング氏が、今年の2月2日(水)に99歳で亡くなった。3月1日にハンブルクの教会で行われた追悼式典にはドイツの大臣も参列したように「ナチス・ドイツ対アメリカ」の時代だけでなく、現在もシュメリング氏は「ドイツ」として生きている。ドイツの歴史上、最も偉大なスポーツ選手の一人であるのと同時に、世界史上で最も偉大な選手として生きていって欲しいと思う。

オペラが始まる前

オペラが始まる前

オペラ上演後の挨拶

オペラ上演後の挨拶

ポスター

ポスター

ポストカードとプログラム

ポストカードとプログラム

(2005年3月2日)

 

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