やまねこの物語

日記 クリスティアーネ・ヘルツォーク財団慈善コンサート

2005年12月04日(日曜日)、市内プリンツレゲンテン劇場でクリスティアーネ・ヘルツォーク財団の慈善ガラコンサートが行われた。この財団は嚢胞性線維症(のうほうせいせんいしょう、独語ではMukoviszidose、英語ではCystic fibrosis)の子供たちを援助する団体である。この嚢胞性線維症とは、常染色体劣性遺伝の遺伝性疾患ということで、つまり遺伝子の変異によって肺や消化管、汗腺の機能が損なわれるというものである。

そういった症状を持つ子供たちを援助するために、クリスティアーネ・ヘルツォーク(1936-2000)が1986年に援助協会を設立し、1997年それはクリスティアーネ・ヘルツォーク財団となった。このクリスティアーネ・ヘルツォークとは元ドイツ連邦大統領ローマン・ヘルツォーク(1934-、大統領任期は1994-1999)の夫人で、彼女は大統領夫人として1994年から1999年までユニセフのドイツ委員会及びドイツ母性保養会の後援者として、また幾つもの援助団体に協力をした。

そのクリスティアーネ・ヘルツォークの死後5年ということで、クリスティアーネ・ヘルツォーク財団慈善ガラコンサートが行われた。予定されていた出演者は Edita Gruberova, Francisco Araiza, Vesselina Kasarova, Lioba Braun, Anna Maria Kaufmann, Eva Lind, Katia Ricciarelli, Roberto Saccá, Veronica Amarres, Nicola Beller Carbone, Duccio Dal Monte, Mehrzad Montazeri, Natalia Ushakova, Mark Zimmermann で、演奏は Christoph Poppen 指揮、Münchener Kammerorchester(ミュンヘン室内管弦楽団)である。

その出演者リストを見て、僕はそのコンサートを是非観てみたいと思った。チケットセンターのサイトでチケットを調べてみると、まだ残券はあったもののそのチケット代が高い。チケット代だけでなくそこに寄付金が付いているのである。カテゴリーによって20オイロから100オイロまでの寄付が付いている。ただチケットセンターや財団、劇場のホームページには、当日券や学生券の有無に関して何も書かれていなかったので、当日開演一時間前に会場であるプリンツレゲンテン劇場へと向かった。

先にそこにいた友人に聞くと学生券や当日券は一切ないということ。そこでとりあえず「チケット求む」をすることにした。「とりあえず」というのは半ば諦めが大きかったからだ。チケットの元の値段が高いので、たとえ売ってくれる人がいてもチケットを買えるかどうかわからない。

この日は最高気温が8度もあって、外で立っていてもそれほど寒くはなかったので、立っていても気持ちに余裕があったのかも知れない。暫くすると、一組の夫妻が僕と友人の前に立ち止まり、「チケットを探してるの?」と声を掛けてきた。「このチケットが、ちょうど2枚余っているけど」と差し出されたチケットを見ると、一枚250オイロのチケットである。自分としては高かったので、礼を言って断ると、その夫人の方が「クリスマスプレゼントに」と言って、僕達にそのチケットを譲ってくれた。しかも場所は前から4列目のほぼ中央で非常に良い場所である。

何度もそのご夫妻にお礼を言って劇場内に入った。中に入ると、医療関連の財団のコンサートだからか、いわゆる上層階級いった感じの人が多く見受けられた。オペラやコンサートなどはクラシックファンの若い人の姿も多いが、この日は落ち着いた年配の方の姿が多い。また報道関係者も多く、何かこのコンサートが特別な場所のようにも感じられた。そういえば公演プログラムは大抵の場合、有料だが、このコンサートでは無料で配られていた。当日のプログラム、出演者の経歴以外に、嚢胞性線維症に関する説明が載っていた。

自分の席に向かうと、隣には先程のご夫妻がいる。再び礼を言って席に着いた。最前列には、おそらく財団関係者や来賓客が座っているのだろう。そこに向かって一斉にフラッシュがたかれていた。それが落ち着くと司会の人が出てきて、挨拶を始めたが、その中で「今日は病気のため Edita Gruberova が歌いません」と告げられた。自分にとっては少し残念に思えたが、客席は特に大きな反応を見せることもなく、挨拶は進んでいった。オーケストラ、指揮者、そして最初の歌手が出てきてコンサートが始まった。

曲目はオペラアリアが中心となっている。歌手は色々な歌劇場で歌っている人達で、コンサートは非常に盛り上がった。ブラヴォーを叫ぶ以外に立ち上がって拍手している人の姿もある。個人的に一番満足したのは Vesselina Kasarova が歌う、グルック「オルフェオとエウリディーチェ」からのアリアだった。最近の自分が最も聞き込んでいる(観ている)CD、ビデオがこの作品で、先日も複数回バイエルン州立歌劇場でこのオペラを観た。中でも Kasarova がオルフェオ役を歌っている作品は、オルフェオの人格が彼女によって見事に作られ、またその歌唱力、演技力から非常に強い説得力が感じられる。

この慈善コンサートがある日も家を出る直前まで、Kasarova が歌うこのアリアをCDで聴いていたので、コンサートでそれを聴けたのは非常に嬉しかった。そういえばコンサートで彼女が歌っているとき、何かと何かがぶつかる、カチンという音がした。と思ったら、指揮棒が弧を描いて飛んでいた。故意なのかそうでないのかは分からないが、指揮棒は Kasarova の後方に着地した。彼女は歌いながらそれを拾って指揮者に返したが(指揮者は指揮台から降りず指揮を続けていた)、その時に指揮者と目(と眉毛)で会話をしていたのが、聴衆の笑いを誘った。しかしその笑いも歌の緊張感で消され、聴衆は彼女の歌に魅了されていった。歌が終わるとブラヴォーだけでなく、足で床を蹴る音も聞こえた。

コンサートは最後にヴェルディ「椿姫」から「乾杯の歌」が歌われた。舞台には出演者や財団関係者、公演関係者が登っている。歌手陣がこの歌を歌いながら、観客は総立ちで手拍子をして、いかにもガラコンサートといった感じでコンサートは締めくくられた。歌手の間にいる関係者の姿を追うカメラマン、テレビカメラなどが一層その雰囲気を盛り上げた。

コンサートが終わって、隣に座っているチケットを譲っていただいたご夫妻にお礼を述べているとき、彼らは「嚢胞性線維症を知っているか」と聞いてきた。僕はその時までその病気のことを知らなかったので、そう答えると彼らの知り合いの小児科医が、その病気について説明してくれた。家に帰ってから当日のプログラムを見ると、そこには現在のドイツには、その症状を持つ可能性のある人が約400万人いるということ。と言っても、この症状が出るのはドイツだけではない。他の欧米各国や日本にもある。今現在の自分が出来ることは何かと考えると、まずこの嚢胞性線維症について知ること、そしてそれを伝えることである。一人ひとりがそういった意識を持てば、自ずと次の一歩が見えてくるだろう。
 

以下の写真は全て2005年12月4日(日)に撮影したもの。

パンフレット(プログラム)とチケット

パンフレット(プログラム)とチケット

休憩中

休憩中
この日はジュース、ビール、シャンパンなどの飲み物、
小さなパンの上に野菜、エビなどが載せられたものなどが
無料で振る舞われた。

コンサート終了後の挨拶

コンサート終了後の挨拶

コンサート終了後の挨拶

コンサート終了後の挨拶

追記

ガラコンサートの10日後、ヘルクレスザールで Vesselina Kasarova のコンサートがあった。演奏はガラコンサート時と同じ Münchener Kammerorchester(ミュンヘン室内管弦楽団)、Christoph Poppen 指揮である。ヘルクレスザールでのコンサートでは、アンコールの時にグルック「オルフェオとエウリディーチェ」のアリアが歌われ、最後にはヘンデル「アルチーナ」からのアリアが歌われた。多いに盛り上がったコンサートの後、楽屋口で、指揮者 Christoph Poppen に先日のガラコンサート時の指揮棒が飛んだことについて伺うと、あれはアクシデントということだった。Christoph Poppen 並びに Vesselina Kasarova と一緒に写真を撮っていただいた。外の寒さを感じない程、満足したコンサートだった。


(2005年12月06日)

 

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