非常に狭い螺旋階段を上がっていく。元々観光用になされているわけではないので、その階段には手すりもない。その階段は途中で人とすれ違おうものなら、かなり苦労して通り過ぎなければならない程に狭い。自分が上っているときも、上から降りてくる人がいた。どちらかが止まって、体を壁に寄せる。もう一方の人は「ありがとう」と言ってその横を通り過ぎる。それの繰り返しだった。階段は砂岩で出来ているので、壁により掛かると教会の冷たさが体に伝わってくる。
オクトーバーフェストが開かれている期間中、その会場近くに立つ聖パウル教会の塔が開放されている。塔だけでなく、普段開けられていない教会の正面入り口も開けられているので、外から礼拝堂にも入りやすくなっている。1906年に完成した聖パウル教会はゲオルク・フォン・ハウベリッサーによって建てられた。彼はミュンヘンの新市庁舎も手がけている(1908年完成)。どちらも街を代表するネオゴシックの建築だ。そして聖パウル教会の塔は高さ98メートルで、街のシンボルである聖母教会の2本の塔(100メートルと99メートル)よりも意図して1メートル低く建てられた。
塔にある展望台は螺旋階段を上った先にある。一箇所だけその途中に廊下のような場所を通るが、それもほんの僅かで、ほとんどが螺旋階段となっている。途中まで窓がないので、今自分がどれほどの高さにいるのか分からない。しかしあるところで小さな窓があって、そこから外を覗くと、既に礼拝堂の屋根の高さを超えていた。それを見て初めて高さを感じた気がした。また螺旋階段の空間には外の音が聞こえてこない。聞こえてくるのは、コツコツコツコツという階段を上がる音と、自分の、徐々に疲れを感じてきた呼吸だけである。
螺旋階段は何処までも続いているように感じられた。息も切れてくる。しばらく階段を上がっていると、上の方から声が聞こえてきた。その声を耳にすると、少しホッとした気持ちになったが、それはようやく上に辿り着いたという気持ちよりも、ようやく螺旋階段が終わったという気持ちに近かった。それだけ螺旋階段が続いていたという印象があった。そして背を低くして出口から展望台へ出る。そこには冷たい風が吹いていた。少し汗をかいていたので、その風は非常に心地良く感じられる。思わずそこで大きく深呼吸をした。
天気は曇っていて、遠くまで見渡せなかったが、もし晴天だったならばアルプスまで見えただろう。時々街からは真っ青な広い空の向こうに白い雪を抱くアルプスを望むことが出来る。展望台をゆっくりと歩いてみた。しかし展望台は非常に狭く、人がいると何とかギリギリすれ違うことが出来るという程の幅しかなかった。しかも展望台の手すりの高さも胸の高さ程しかなく、実際はその様なことはないのだが、もしそこで躓けば、塔から下に落ちてしまうのでないかという恐怖に似た気持ちがあった。
その展望台では多くの人がそこに佇んでいた。階段を上がってきて身体を休めているのかも知れない。しかし、そこを動かない理由は、やはり高所から見る景色だろう。旧市街地の方を望むと、聖母教会の存在感が改めて感じられる。しかし眼下に拡がるミュンヘンの街は思った以上に新しい建物が多いように感じられた。旧市街地にある聖母教会、聖ペーター教会、新市庁舎の塔にある展望台から街を眺めると、旧市街地の幾つもの赤い屋根が目につくが、旧市街地から離れたところに建つ聖パウル教会周辺は空襲がひどかったこともあって、新しい建物が多い。上から見るとそれが強く感じられた。
ところで風はさわやかさを運んできたが、同時に近くで開催されているオクトーバーフェストの様々な音や遊園地から聞こえる絶叫も運んできた。穏やかな風が吹く塔の上から、その騒がしい会場を見ると、何か別の世界を見ているような気もした。展望台では手すりに肘をついて静かにその景色を眺めている人がいる。その絵になるような姿は展望台の上の静けさをさらに強調しているようでもあった。
以下の写真は全て2006年9月16日(土)に撮影したもの。
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