やまねこの物語

日記 家探し

2000年6月、僕はいきなり引っ越しすることにした。といっても大家さんのおじさんやチコと問題があったわけではない。ただ、間借りというのに疲れたからだ。間借りだと、当然、台所や洗面所を自由に使えるというわけではなく、いつも空いている時間を利用しなければならない。僕とおじさんの生活リズムが微妙に違っていたので、結局自分だけの時間や空間を欲しいと思って引っ越しすることに決めた。おじさんにもそのことを伝え、まず僕の家探しが始まった。

ミュンヘンの家探しは難しいとよく聞いていた。実際自分がそれを体験してみて、自分が考えていた以上に難しかった。一般的に家探しというと、普通は不動産屋や紹介所に行って、こちらの条件を言って物件を見せてもらう。日本だとこれが多いと思う。友人の話などを総合すると旧東ドイツ、例えばベルリンやドレスデンなどもこれに当てはまるらしい。ここ数年、ベルリンやドレスデンなどは、街が郊外にどんどん拡がっていっており、街の開発が進んでいるとのことだ。だから新しい住居もどんどん建設され、引っ越し先を探すのにはそんなに苦労しないと聞いた。

ただミュンヘンの場合は少々勝手が違うようだ。ミュンヘンの、街が郊外に拡がっていく速度は旧東ドイツに比べて、かなり遅いらしい。車を持っている人は郊外に住んでも問題ないが、車を持っていない人は、ほとんどの人が街中に住もうとする。というのは街の中心ほど、定期券などが安く買えるからだ。郊外に住んでいる人ほど定期券の料金は高くなる。それゆえ、ほとんどの人は街中に住もうと考える。僕もそうだった。何より以前お世話になっていた、おじさんの所は、街の中心近くで何処へ行くにも不便はしなかった。僕自身は次も地下鉄が走っているところに住みたかった。

ミュンヘンは街が郊外に拡がっているというわけではないので、新しい住居の数もそんなに多くない。だから、家探しは何処もものすごい倍率だ。ミュンヘンは住居が不足している。特に7月は引っ越しするのに一番悪い時期なようだ。というのは、ほとんどの人が休暇を取ったり学生も休みになったりして、人が動く時期だからだ。休暇を取っている人はこの時期に引っ越ししようとするし、学生の方は新学期が始まるまでに引っ越しを済ませようとする。つまり7月というのは、最も住居が不足する時期らしい。出ていく人よりも、ミュンヘンに入ってくる人の方が断然に多いようだ。不動産屋や紹介所に行っても物件はほとんどない。不動産屋や紹介所自身が売る(貸す)ための物件を探し回っているくらいだ。僕はそんな中、家探しをし始めた。

僕は間借りなどではなく、自分の空間を希望した。家探しの一般的な方法は新聞や紹介所だ。新聞にはかなりの物件が紹介されている。そこには電話番号も載っていて、普通はその電話番号に電話をして、見学に行きたいとの旨を伝える。それで一番最初、僕は自分がよいと思ったところ、約20件くらいに電話をかけた。が、新しい新聞なのに何処も「もうすでに決まった」と言われるだけだった。というのは、何度もやっている内に分かってきたのだが、見学者の数を限定するために、ある一定以上の電話は取らないようにしているようだ。だから部屋を見学するのは早い者勝ちということだ。早くに電話した人がその物件の見学をすることが出来る。外国人だとか、その時点ではあまり関係ない。住居関係の情報が載るのは週2日。新聞は午後6時半に次の日の新聞が販売される。それから午後10時までが勝負だ。それ以降、つまり翌日になると電話が繋がっても「もう決まった」と言われるだけだ。

でも電話が繋がり家を見に行くことが出来たとしても、その場で直ぐ決まるわけではない。こちらが気に入って申し込んでも、そのような過酷な時期だから、ほとんどの人も申し込みをしている。だいたい見学には40人から60人位の人が来ている。一番多いところでは、130人以上来ているところもあった。普通、その見学会の時にそれを主催している人が申込用紙を配っている。それをもらって、職業や収入、銀行口座などを記入して提出する。その提出された中から、めぼしい人を20人くらい選ぶ。その次にそれを主催者が大家さんに提出して、大家さんが最終的に新しい住民を選ぶという方法が一般的なようだ。申し込んでから結果が出るまで約1週間待たされる。僕は一度、その主催者の人から電話がかかってきたとき、「もう部屋が決まった!」と喜んで手続きに行くと、そこでまた次の書類を書かされた。つまり、第一次審査に通ったというだけであった。結局その物件には縁がなかった。

僕は新聞だけでなく、ほとんどの紹介所にも出かけたり登録したりした。紹介所では最初に登録料を払って情報を教えてもらう。幾つか申し込んだ。それらで得られる情報は、新聞と同じように物件のことと電話番号が載っているだけである。電話は自分でしなければならない。だから最新の情報が出たら直ぐに電話をしないと、新聞の場合と同じく、「もう決まった」と言われるだけだ。それ以外にも例えば大学やスーパーの掲示板にも目を通した。でもこれらで、家を探すというのはほとんど不可能に近い。最新の情報ではないからだ。これも同じく早い者勝ちだ。

そういう訳で、僕はいつも最新の情報が発せられるとそれを直ぐに得て、直ぐに電話をして見学の日時などを聞き、見学に行った。そのような日々がずっと続いた。7月中に引っ越し先を見つけなければならないのに、20日を過ぎてもそのような情報戦をする毎日だった。焦りの気持ちが強くなってくる。このまま見つからなければどうしよう。学校でその話をしていると、最高5ヶ月間、その状態が続いたという友人もいた。別の友人も一ヶ月間の部屋を見つけることが出来ずに、結局ペンション住まいをしていた。

それ以外に物件を探す手段として不動産屋がある。といっても先に書いたように持っている物件はかなり少ない。その上不動産屋を通すと、手数料として家賃の2ヶ月分以上の料金が取られる。僕はそれでも仕方がないと思って、幾つかの不動産屋を訪れたが、何処も運良く(?)物件を持っていなかった。

僕は、このまま受け身的に情報を待っていても、どうしようもないと思い、自分で「このような物件を探しています」と新聞に出したり、スーパーや学校などにも貼ったりした。結構な数の電柱にも貼った。「家を紹介してくれた人には〜マルク差し上げます」といったようなビラを。この方法で見つかることも結構あるらしい。というのはマンションの空きが出た場合、普通は大家さんが不動産屋や紹介所に頼み、次の入居者を探してもらう。この場合、マンションを持っている大家さんには一文も入ってこない。でも、電柱に貼ってあるものだと、もしこちらの条件などが合えば、大家さんは入居者を決めるのも簡単に、しかもお金まで入ってくる。そんなだから電柱に貼るというのも効果があるようだ。ただ、どの電柱でも良いというわけではなく、信号待ちで目にするところ、直ぐに剥がされない所など、自分で色々考えて貼った。

実際、自分が新聞に出した情報や電柱の効果はあった。電話が何件か、かかってきた。ただ入居日の問題などで、自分の条件と合わなかったので、決めることが出来なかった。もう7月も終わりだし、これが最後か、と思いながら断ってしまった。実際、ほとんど毎日、合計40件以上の物件を見学に行き、そのほとんどに申し込みをした。でもどこも縁がなかった。紹介所の登録料なども結構な金額になっていた。それで半分諦めかけていた。一度、ペンションなどに滞在して、その「人が移動する過酷なシーズン」が終わってから、再度家探しをやろうかと考え始めていた。

それで、7月の最終週、あまり物件が載っていない新聞だけど、いつも買っているので、最後と思ってその新聞を購入した。その新聞の情報のページには、ほとんど条件に合う物件がなかった。が、中の方のページをみると、遠慮深そうに載っている情報一覧があった。普通、情報を載せる場合、色々な人に物件を見てもらって、新しい入居者を選ぶ可能性を増やそうとするから、大きい広告を載せたりする。(大きいと言っても3、4行。)でもそこまで出来ない人は、内側のページにこぢんまりと、2、3行載せたりする。で、そのほとんど目立たないところに、家賃は自分が考えているものより高いが、それ以外の条件の良いところが一件だけあった。電話が繋がって、見学することが出来た。

ところが縁というのは本当にあるようで、家を見に行って数日後、7月31日に電話がかかってきた。「もしこの物件に興味があるなら、あなたに貸します」というような。大家さんから直接かかってきた。非常に大変、かなり、ものすごく嬉しかった。嬉しくてすぐに返事をし、ようやく、なんとか、7月中に引っ越し先が決まった。本当によかった。大家さんに聞くと、新聞に情報を載せたけれど、本当に小さいところだったので、最初の日には4人しか電話がかかってこなかった。次の日にはそれを発見して30人くらいの人から電話がかかってきたと。それで、最初の日にかかってきた4人の中から選ぶことにしたと。本当に運が良かった。というわけで引っ越し先が見つかった。自分が思っていた以上に本当に過酷だった。でも本当によかった。本当に良かった。ところで、この「日記」、文章が長くなってしまって、ここまで読んでいただき、どうもありがとうございました。次は引っ越しです。
 

 (2000年9月8日)

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