やまねこの物語

おでかけ ベルヒテスガーデン

 

この旅行記は以前「日記」の方にあったものを移動したものです。

 

先日10月29日(2000年)、ドイツ(というよりほとんどのヨーロッパ)は冬時間になった。ドイツの場合、日本との時差は8時間。ドイツの方が8時間遅いというわけだ。で、僕はその日友人たちとドイツ・バイエルンのオーストリア国境近くにあるベルヒテスガーデン Berchtesgaden という街に行って来た。ベルヒテスガーデンはフュッセンからつづくアルペン街道の東端の街だ。ベルヒテスガーデンはオーストリアのチロルの山々につながる風光明媚な高級山岳保養地で、「切り立つアルプスの山々と清く済んだ湖が織りなす風景」を楽しめる場所だ。どちらかというと外国人が訪れる観光地ではなくてドイツ人が訪れる観光地の一つとされている。ここはオーストリア・アルプスにつながる2000メートル級の山々に囲まれた高級リゾート地として名高い。

で、現在この街を訪れる人の多くはケールシュタイン山 Kehlstein にある山荘を訪れる。この山荘は1834メートルの高さにあり、名前をイーグルスネスト Eagle's Nest という。実はこの山荘は大ドイツ帝国元首ヒトラーのために建てられた山荘で、ヒトラーの50回目の誕生日に贈られた。簡単に説明すると、建築責任者は最終的に国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)党首に任命されるマルティン・ボルマン(この当時はナチス党官房長)。この山荘はヒトラーの人生においてもかなり重要な位置を占めている。政治的にもここは色々な国の重要人物などと会談する場所であったり、党の公式行事なども行われる場所であった。また第二次世界大戦時、ヒトラーはここでそのほとんどの時間を過ごし、最終的にヒトラーが自殺をするときもここかベルリンの総統官邸か迷ったくらいである。(結果的には元首らしく首都で死ぬことを望んだ。)

政治的にも重要な場所であったが、特にこの山荘はヒトラーのプライベートにおいて大変重要な場所であった。最終的にヒトラーの妻となるエヴァ・ブラウン Eva Braun (最後は Eva Hitler)と過ごした場所だ。ヒトラーはここで彼女と一緒にレコードを聴いたり、映画を観たりしていた。特にアメリカの西部劇や冒険映画が好きだったらしい。ここでは平和的な時間が流れ、ヒトラーにとってはまさしく天国のようなところであったようだ。またこの山荘はその場所柄か運良く爆撃もされず、無傷のまま残り、戦後ここはレストランになり一般的に公開されている。

と、山荘の説明を書いたが「正直なところ、その雄大な風景以外あまり見所というようなところはない。」というようなことをよく聞く。「ヒトラーの別荘」と聞いて何か期待している人が多いのだろう。実際面白くないと思う人もいれば、そうでない人もいるようだ。で、僕の場合は結構面白い場所だった。この山荘は一般車両は立ち入ることが出来ない。山の中腹で専用バスに乗り換えてかなり急な斜面を登っていく。山荘の下は大きく開けた場所になっていて、ここに山荘への入り口がある。まず124メートルのトンネル。その先には総統専用の黄金のエレベーターがある。このエレベーターを124メートルあがると、そこはすでに山荘の中となっている。僕は決してヒトラーファンではないが、当時の彼の気持ちなどを考えると山荘までの道のりは大変興味深かった。イタリアのムッソリーニなどがここへ招待されているが、そのときヒトラーはかなり誇らしかったことだろう。「この道をヒトラーが歩いたかもしれない」などと考えると、僕にとってそれはただの道では無くなってくる。

余談だがヒトラーや重要人物以外の人は、黄金のエレベーターではなくて、徒歩で山荘まで上がらなければならなかったようだ。トンネルから外れたところに登山道があって、そこを上っていくと直接山荘北側のテラスに出る。山の上の方は気圧も違うし、また空気も薄いだろうから、ここを徒歩で上がるのはかなり大変なことだったと思う。で、話は戻って山荘内はレストランになっているのだが、大広間にはムッソリーニから贈られた大理石の大暖炉があったり、この建物の女主人となったエヴァ・ブラウンが利用していた部屋などがある。彼女の部屋からは切り立ったアルプスの岩山が見え、また彼女の部屋からは直接テラスにも出ることが出来るようになっていた。現在は扉の前に物が置かれていて外へは出ることが出来ないが、このテラスはヒトラーの大のお気に入りだったようだ。

この山荘からさらに100メートルほど(高さでなく、距離)上ることが出来、当時はここに柵が設けられ、雄大な景色を楽しむことが出来る散歩道のようになっていたようだ。現在は柵が無くなっている。で、このさらに奥に行くとアルプスの岩場を直接楽しむことが出来る。約1時間ほどの散歩道になっているのだが、散歩道というにはかなり危ない。ほとんどの人は数メートル行っただけで引き返してくる。僕も昨年ここを訪れたとき、絶壁での怖さからかすぐに引き返した。だから今年はもう少し進んでみたかった。岩山は所々足場が作られてあるものの、ほとんどの場所は何もない。上り下りをするとき谷底に落ちないようにワイヤーをつたって移動する。僕は昨年より数メートル進んだが、それより先は怖くて引き返すことにした。

その上、山の上はかなり寒い。現在この山荘は夏季のみ上ることが出来る。毎年天候によって違うようで今年(2000年)は10月31日まで上ることが出来たようだ。しかも山の上なのですぐに天候が変わる。僕が山荘に到着したときはまだ晴れていたが、岩山の方へ行くとガスが立ちこめ、かなり強い風が吹いていた。そういえば山荘下のところにはもう雪が積もっていた。子供たちがその雪を投げたりして遊んでいる。ヒトラーなどもこうして遊んだに違いない。でもこんな絶壁の上に山荘を建てるのは容易ではなかったと思う。

以前何かの本で読んだのだが、そこにはベルヒテスガーデンは「ヒトラーがドイツにもたらした功績の一つ」と書かれてあった。ところで、話は大きく変わるが、先日27日(2000年10月)の新聞にイスラエル最高裁が公式にイスラエル国内でのワーグナー作品の演奏を初めて許可したとあった。ワーグナーの作品はドイツの民族主義を称揚し、ナチスに思想的な影響を与えたとして、戦後は反ユダヤ主義の象徴としてイスラエル国内での演奏は禁じられていた。ワーグナーは「ニュルンベルクのマイスタジンガー」「ニーベルングの指輪」などでドイツ精神を賞賛し、ナチスは党大会を始め、多くの公式行事でワーグナーの作品を演奏した。それ故イスラエルでは今まで禁止されていたのだが、判決では「表現の自由」を理由に演奏されることが可能となった。戦争が終わって50年以上経った今日、歴史の事実は変わらないが、「ナチス=完全悪」と頭ごなしに決めつけられていたものが、徐々に紐解かれ始めたのかもしれない。

 

山荘 Eagle's Nest

山荘 Eagle's Nest

 

山荘への入り口

山荘へのトンネル入り口

 

124メートルのトンネル

124メートルのトンネル
トンネルの一番奥に総統専用黄金のエレベーターがある

 

ムッソリーニが贈った大暖炉

ヒトラーの誕生日にムッソリーニが贈った大暖炉

 

エヴァ・ブラウンの部屋からの眺め

エヴァ・ブラウンの部屋からの眺め
左側のテラスには今はガラス窓がつけられている

 

北側のテラス

北側のテラス
ここの階段はトンネル入り口横までつづく

 

切り立った岩山

山荘から先に進んだところ
切り立った岩山

 

岩山の階段

岩山の階段
危険なためワイヤーの手すりが取り付けられてある

 

オーストリア・チロルにつづく岩山

オーストリア・チロルにつづく岩山

 

ガスに包まれた山荘

ガスに包まれた山荘

 

光が差し込むケーニヒス湖

光が射し込むケーニヒス湖

 

山荘から見た景色

山荘から見た景色

 

ヒトラー誕生日の記念切手

ヒトラー誕生日の記念切手(やまねこ所有)
大ドイツ帝国となっている

 

(2000年11月12日)

 

menu
「おでかけ」のトップに戻る