駆け抜ける光が眩しかった。前日夜に雨が降り、天気予報でもその日は雨と出ていた。しかし青い空には白い雲が浮かび、まるで絵に描いたような風景が拡がっていた。雨のおかげで空気も落ち着いている。木々の緑も濃く、しかし何処か柔らかく感じられる緑だった。
ヴィッテルスバッハ家の夏の離宮ニンフェンブルクにはライラックの甘い香りが漂っていた。自然とその香りがする方に足が向かっていく。本当は雨が上がった後の潤いある風景を楽しみたかった。ほぼ毎年ここにライラックを見に来ている気がする(昨年の日記「雨の中のニンフェンブルク」)。ライラックの花が好きと言うよりは香りが好きなのだろう。このニンフェンブルクには何本ものライラックの木があり、その周辺には甘い香りが漂っている。訪れた日は風があった。本来真上に上がるだけの噴水も風に弄ばれているのか、上がる方向が一定していない。ライラックの香りも強くなったかと思えば、時々とても弱くなったりする。
その後、宮殿裏側の庭園を歩いた。森のような所に入ると、途端に散歩をする人の数が少なくなる。静かな森の中は前日の雨のためか少し涼しく、そして雨の香りが残っていた。その日は日差しがあまり強く感じられない日であったが、森の中に差し込む光は優しくさえ感じられる。木漏れ日の中にある誰もいないベンチを見ていると、何故かホッとする気持ちになった。おそらく人が座っていても同じ気持ちを抱いていただろう。差し込むその光を見ているだけで何か和む感情があった。
森の中は静かであった。音のないところにいると、まるで時間だけでなく何もかもが止まったかのような錯覚すら感じられる。しかし森を出ると、大きな青い空が拡がっていた。その中を雲が形を変えながら流れている。その景色を目にすると、再び時が動き出す気がした。流れる雲はそれまでの止まった時間を取り戻そうとする自分の気持ちを表しているように見える。
ライラックの横を通り過ぎると、また甘い香りが漂ってきた。全身で受け止めることが出来ない程の甘い香りだ。ライラックの茂み越しに空に浮かぶ幾つもの白い雲が見えた。その白さが空の高さと青さを、そして大きさを更に強調している。長い間、こういった青空を見ていなかった気がする。空に浮かぶ雲を追うようにしてニンフェンブルクをあとにした。
以下の写真は全て2006年5月に撮影したもの。
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