| 中央市場をあとにして、ツィタデッラ(要塞)行きのバスが出るモーリツ・ジグモンド広場に向かった。そこでは直ぐにバスが来たが、そのバスは普通のバスよりも小さく、ミニバスといった感じのものだった。それだけ坂道が多いのだろう。発車まで少し時間があったが、暫くするとそのバスは人で一杯になった。聞けばツィタデッラのあるゲッレールトの丘周辺は住宅街になっているということ。バスがツィタデッラのある山頂に向かうに従って、徐々に乗客の数が減っていき、山頂に着くとその数はほんの僅かになっていた(右の写真はツィタデッラへ行くバスの中)。
坂を上りきったところでバスを降りたが、辺りは既に真っ暗で、これから行くべき道が分からなかった。この暗い中、もし一人で来ていたら迷子になっていた可能性があるが、友人は既にここを訪れていたとあって、友人の案内の元、ツィタデッラに辿り着くことが出来た。そういえば歩道には数メートル毎に子供の落書きのような「↑」という矢印が描かれていた。結果的にそれはツィタデッラまで続いていたのだが、案内のためのものか、落書きかは分からなかった。
高さ235メートルのゲッレールトの丘の山頂には、かつてトルコ軍が建てた小さな砦があった。1848年にはオーストリア軍がここを占領し、同年、ハンガリーが対オーストリア独立戦争を起こしたあと、オーストリアがハンガリーの動きを監視する目的で、60の砲台を持ったツィタデッラを建設した(1850-54年)。全長200メートル、幅60メートル、高さ4メートルの要塞である。これは1894年にブダペスト市へ譲渡されたが、元々は軍事目的で作られたものではなく、威嚇するために作られたものである。それが初めて軍事目的で使用されたのは、1945年、街に入城したドイツ軍によってである。ブダペストの街はここから砲撃を受けた。
現在ツィタデッラはレストランとホテルとして平和に利用されている。この建物周辺にはブダペストの歴史だけでなく、例えば大砲など旧ソ連の遺品が紹介されている。自身の街の歴史だけでなく、そういった過去の征服者のものを展示しているということ、それは今現在、ハンガリーが本当に「独立」していると言うことを示している。
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