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おでかけ ドイツ・バイロイト |
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市立墓地を見てホテルに戻った後、雨が弱くなってきたので、思い切ってエレミタージュ庭園まで行くことにした。雨の天候だったからか他に散歩している人の姿もあまり見られず、そこにある宮殿もまるで忘れ去られているかのようにひっそりと佇んでいた。 エレミタージュ庭園は辺境伯ゲオルク・ヴィルヘルムによって、その父クリスティアン・エルンストが造営した動物が飼われていた場所(動物園のようなもの)を元に1715年造営された。そしてその中心としてアルテス・シュロッス(旧宮殿)が建設された。この公園内にある宮殿やその他の建物は、宮廷の瞑想場所として作られたものである。そして1735年、辺境伯夫人ヴィルヘルミーネはこの公園を現在のような幾何学構造のものに作り直した。 その中で最も人目を惹くのがノイエス・シュロッス(新宮殿)である。1753-57年に建てられたこの建物の外観は水晶と色付けされた工芸ガラスで覆われている。遠くから見ただけでは分かりづらいが、近くで見るとその細かさに驚かされる。非常に手が込んでいる。もし太陽が出ていたならば、この宮殿は文字通り光り輝いているだろう。この建物の写真は本などで何度も目にしたことがあるが、実際は3つの建物から構成されているというのを、現地を訪れて初めて気が付いた。そして本来はこの前に大きな噴水施設があるのだが、訪れた時期にはまだ冬のカバーがなされたままであり、それを見られないのは少々残念であった。 ノイエス・シュロッスが現在催し会場などに使われているのに対し、アルテス・シュロッスはヴィルヘルミーネによって作られた様々な部屋があると言うこと。バイロイト市内のノイエス・シュロッスを訪れたとき、そこのチケット売り場にはこのエレミタージュのアルテス・シュロッスとの共通チケットもあったので、それを求めると、エレミタージュのアルテス・シュロッスは工事中で現在内部拝観は出来ないと言うこと。チケット売り場の女性が言うには、その工事は5年後に、いや7年後には終わっているかも、と言うことだった。 ここはヴァーグナーが好んできた場所らしいが、彼は音楽祭の期間に王ルートヴィヒ2世ともここを訪れている。この場所は彼らの目にどのように映ったのだろうか。
ひっそりとしたエレミタージュ庭園を暫く散策した後、ホテルに戻ってそこから歩いて夕食を食べに行くことにした。向かった先はオイレと言うお店である。オイレとはドイツ語でフクロウという意味であるが、それを示すように店内にはフクロウが木彫りされている。ここはヴァーグナー自身や、例えばカラヤンやクナッパーツブッシュなど音楽祭に出演した人達が集まる場所でもあった。壁にはこれまでの出演者の写真や肖像画など、まるで博物館のように展示されている。薄暗いお店の入り口にはスポットライトを当てられたヴァーグナー像があり、それがこのお店の歴史を物語っているようでもあった。 訪れたときは、まだ午後6時半だったからか店内は空いていた。しかし1時間もすると多くの人で賑わうレストランになった。ところでこのレストランのメニューを見てみると、料理の中心はスラブ系のものになっている。しかしそれでもここを訪れる多くの人にとって、この場所はヴァーグナーを語る場所になっていることに変わりはない。バイエルン史に興味を持つS氏との旅では本当に有意義な時間を過ごすことが出来、氏には本当に感謝である。ビールを飲みながらの食事はまた美味しかった。勘定をしようとすると、お店の人が「ビール一杯はお店からのサービスです」と、何故だか理由は分からないがサービスしてくれた。それも旅の思い出の一つになるだろう。 翌日、雨は降っていなかったものの街は深い霧に包まれていた。予定ではもう少し回ろうとしていたのだが、今回はこれでバイロイトの街を後にすることにした。バイロイトは辺境伯領ということで、その「辺境」という言葉の持つ響きから、辺境の田舎の街というイメージを抱いていたが、ここを訪れてみてそれは大きく間違っていたことに気が付いた。人口は7万強だが、街の雰囲気としてはもっと大きな街といった印象を受けた。空襲に遭う前の街並みの写真を見ると、重厚な立派な建物が建ち並んでいる。ヴァーグナーがここに居を構えようとしたときは、どのような街並みだったかは想像でしか分からないが、この街は落ち着きをもった優雅な街だった。1871年4月の日記にコジマは次のように書いている。「17日17時、バイロイトの街に到着した。街の印象は好ましいものであった。」その文章の意味が何となく分かった気がした。バイロイトから帰った翌日、バイエルン州立歌劇場で「パルジファル」を観た。音楽を聴いていると、石畳の似合うバイロイトの街が頭に思い浮かんだ。(2006年4月中旬、ドイツ・バイロイト編完)
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