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おでかけ ドイツ・ケーニヒス湖 |
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ケーニヒス湖の最終地点であるザレトへ向かう船に乗ったが、こちらへ向かう人は聖バルトロメー教会へ向かう人の半分以下で、船の中は非常に空いていた。ところで家に帰って調べてみると、プリンツレゲント<皇太子摂政>・ルイトポルト(1821-1912)は、このケーニヒス湖の中でも聖バルトロメー教会周辺やザレトのあたりを非常に好んでいたとのこと。自然を大切にする考えを持った彼のおかげで、ケーニヒス湖の遊覧船には騒音が少なく、また環境を意識して、蒸気ではなく電動の船が導入されたとのこと(1909年)。船も基本的に木製となっている。僕が目にした今日のケーニヒス湖と彼が見ていた湖は、もしかするとほとんど変わっていないのかも知れない。そう考えると嬉しくもあり、同時に自然を守ることの大切さも考えさせられる。船の後方に取り付けられてあるバイエルン旗が非常に大きなものに感じられた。
ザレトへ向かう船に乗っている時間は出発地から聖バルトロメー教会に向かった時に比べると、それほど長くはなく、直ぐに港が見えてきたという感じがした。ところで、湖を見てみると、この湖が非常に濃い緑色をしているのが分かる。湖を囲む山々の緑が反射したと言うよりは、湖そのものが緑色をしているといった感じであった。これは水の中に含まれた溶けた石灰に、差し込んだ太陽の光が屈折することによって、そのように見えるらしい。
ザレトに近づくと、今まで以上に湖の水が透き通っているように感じられる。ケーニヒス湖はドイツで最も透明度のある湖の一つらしい。遠くの方を見ても湖の底が見えてきそうな気がするが、平均で150メートルの深さがあり、最も深いところは200メートルもあるとのこと。暫くすると船はゆっくり最終地点のザレトに到着した。
ザレトから約15分歩くと、オーバーゼーというもう一つの湖に行くことが出来ると言うことだったが、ゆっくり出来る時間がそれほどなかったので港周辺を歩いただけで、そのまま港に引き返した。そして出発地点に向かう船に乗り込んだ。乗った船は途中、聖バルトロメー教会に立ち寄りそこで多くの観光客を乗せ、最初の港まで戻ったが、帰りの船は直ぐに港に着いた気がした。
あっという間に船は港に着いた。船を下りて湖の方を振り向くと、細長く曲がりくねった湖の一部しか見えず、それが湖の神秘さを増しているようでもあった。昔から時間が進んでいないように感じさせる神秘的なケーニヒス湖とそれをアルプスが囲む雄大な景色はドイツ最高の景勝地と言われるが、実際にその地を訪れてみてそれが分かった。友人が「ヒトラーが別荘を建てたのも分かる」と言った言葉が心に残った。 ケーニヒス湖からベルヒテスガーデン駅までの帰りはバスを利用した(約10分)。そしてベルヒテスガーデン駅で電車を待っていると、アナウンスで電車が遅れているとあり、暫くするとそれは、事故で電車が来ない、代替バスが出るというアナウンスになった。というわけでバスを待っていたのだが、何分待ってもバスは来ない。どれくらい待っただろうか。路線バスがやってきて、それが代替バスの役目も果たすとのことだった。電車ではなくバスで、ミュンヘンへの乗換駅であるフライラッシング駅へと向かったが、その途中にケーニヒス湖の遊覧船から見えていた「横たわる魔女」があった。間近で見れば、また見る角度が変われば、その姿は、もはや魔女ではなくなっていた。しかしこういった光景を見られるのは車ならではだと思う。そういえば心配していた天候も最後には晴れ間も覗き、快適な一日であった。
その後フライラッシング駅に無事到着し、ミュンヘン行きの電車に乗ることが出来た。ミュンヘンに到着したのは午後11時を回っていた。みなさん、お疲れ様でした。(2004年8月中旬ケーニヒス湖編完) |
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