おでかけ ドイツ・ゼーオン〜ヴァッサーブルク |
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ゼーオン修道院は994年、プファルツグラーフのアリボ1世によってクロスターゼー(修道院湖)の半島に建てられた。そしてレーゲンスブルクの聖エメラム教会からベネディクト派の修道士がここに移り住み、聖ランベルト教会が建てられた。修道院は1180年にロマネスク様式で建て替えられ現在の姿になるが、16世紀初頭にはマルティン・ルターの影響から多くの修道士が修道院を立ち去ることになり、1803年には修道院が廃止された。そしてここはロイヒテンベルク大公家の所有となり、その後は学校や兵舎などとして使われ、現在はオーバーバイエルンのコンサートや展示場、会議室等として利用されている。 ここを訪れたとき、修道院の中では「バイエルン200年史」という展示がなされていた。今年2006年はバイエルンが王国として独立して200年になる。それを記念して、ルートヴィヒ・マクシミリアン大学(ミュンヘン大学)の学生によって今回の展示が企画されたと言うこと。部屋の数は4部屋だけで規模的には小さかったが、バイエルンの200年が要領よくまとめられていた。その展示の中にはミュンヘンの旧植物園公園にあったガラス宮殿が1931年に焼失する際の映像なども映され、非常に興味深いものもあった。ところで展示を見ていると王ルートヴィヒ2世に関する記述がかなり少ないのが分かった。現在一般的にバイエルンで最も知られている人物は王ルートヴィヒ2世だと言えるだろう。企画者は、バイエルンは王ルートヴィヒ2世だけではないと意識してあえて少なくしたようにも感じられた。
聖ランベルト教会は修道院内に修道院と同じく994年に建てられ、1428-1433年に後期ゴシック様式で改築された。また1579年、バイエルンの大公アルブレヒト5世はテーゲルン湖畔のベネディクト派修道士の協力を得て、教会礼拝堂にルネサンス様式でフレスコ画を描かせた。それが現在見られる聖ランベルト教会である。 礼拝堂の中に入ってみると、想像したよりも小さく感じられたが、どことなく落ち着いているように感じられた。バイエルンに今も残る修道院は18世紀頃にバロック・ロココ様式に建て替えられているものが多く、修道院の教会といえばロココ様式などの派手なものが思い浮かぶ。ここを訪れたときも実はその様に想像していた。しかしゼーオン修道院ではそういった改築がなされていないので、尚更落ち着いたように感じたのかも知れない。
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