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おでかけ スイス・ザンクトガレン |
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旧市街地を出て、かつて城壁があった場所に沿って出来た道を歩いた。ユーゲントシュティールの建築が建ち並ぶ側に、その建築はあった。これは個人的に今回のザンクトガレン滞在において、大聖堂と図書館以外で最も見たい建築であった。スペイン人建築家サンティアゴ・カラトラヴァ(1951-)が手がけたザンクトガレン州の救急センターである(1988-1998建設)。「貝殻」と呼ばれるこの建物は想像したよりも小さな建築であったが、自然を題材にした彼らしい作品であるのが一目で分かった。 その救急センターを通り過ぎると非常に大きな門が目に入る。11あったかつての修道院の門で唯一現存するカール門である(1569/70年建築)。カール門は枢機卿カール・ボロメウス・フォン・マイラントに因んで名付けられた。彼が最初のこの門を通るようにされたので、その名前が付いたと言うこと。1570年に制作されたルネサンスのレリーフが印象的である。
カール門を通り過ぎ暫く歩いていると、水が落ちる音、滝のような音が聞こえてきた。その音がする方に向かって歩いていくと、そこには滝のように勢いのある水流があって、その上にはアーチ状の石橋があった。次に目に留まったのは、聖ガルスの碑である。そこには次のようにある。「アイルランドの僧侶ガルスが、この滝の側で休憩をした。彼はここで魚網を渦の中に投げた。また彼はここで熊と遭遇した。彼は木を火の中に入れるよう熊に命令して、熊は褒美としてパンを得た。」こういったことが書かれ、ガルスはここに庵を建てることに決めたとある。修道院から直ぐ近くのこの場所がザンクトガレンの街の発祥地である。またその聖ガルスの碑の向かいの壁には、聖ガルスと熊の壁画装飾がある。 その聖ガルスの碑の周辺を見渡すと、そこにレールがあるのが分かった。ミューレックバーンというケーブルカーである。このケーブルカーはザンクトガレンで最も古い近隣交通機関で、1893年に営業を開始したというもの。これで丘の上に行けるらしい。乗り場に行くと、誰も人がいなくて自動券売機があるだけだった。バスと同様小銭しか使えない。切符を買っていると、ケーブルカーが出発してしまった。次にいつ来るか表を見ていると、このケーブルカーは5時40分から23時50分まで運転されていると言うこと。どうやらこれは観光用と言うよりは生活の足といった感じだ。暫くするとこの街で生活している(と思われる)親子連れや子供が乗り場に来たので、尚更そういった印象を受けた。ケーブルカーに乗り込むと、そこには誰もいなくて10人も乗れば一杯になってしまうような空間があるだけであった。乗ってみて分かったが、これはケーブルカーであっても、例えばドアの開閉ボタンがあるなど、まるでエレベーターのような感じだ。 暫くするとケーブルカーが動き出した。長さは317メートルあるらしいが、そのほとんどがトンネルのため、距離感を感じることはなかった。そして5分もすれば上の駅に着いた。駅を出ると前には噴水などがあって、住宅地が拡がっている。そして駅の直ぐ横に更に上に登る階段があったので登ると、丘の上にはベンチなどが置かれてあって、ザンクトガレンの街並みを楽しむことが出来るようになっている。遠くにはボーデン湖まで望むことが出来た。しかしその街並みを見たとき、最初はどちらの方角に旧市街地があるか全く分からなかった。大聖堂の塔を見つけて、はじめて旧市街地を確認することが出来た。
ところでザンクトガレン地域にはシューブリックというソーセージ料理があると聞いた。それを食してみたかったので、旧市街地を歩きながら、お店を探してみたが、そういった料理を出すお店を見つけられなかった。旧市街地にはレストランそのものの数が少ないのかも知れない。丘に登ってから梺に降りてくると、時間は既に午後6時半を回っていた。その頃になると、旧市街地のお店はほとんど閉まっており、あれほど賑わっていたのがまるで嘘であったかのように人の姿が少なくなっていた。見かけるのは首からカメラを提げた観光客と思われる人達がほとんどだった。結局この日は観光をしていると昼食のタイミングを逃してしまった。そして夕食を食べられそうなところを探したものの、歩いた場所が良くなかったのかお店を見つけることが出来なかった。中央駅に近づけば何かあるかも知れないと思って歩いてみたが、歩いた場所にはお店がなかった。しかし駅の目の前にホテルがあり、お腹も空いていたのでホテルのレストランに入ることにした。 ホテルの2階にあるレストランでは何か立食パーティーのようなものがなされていたので場違いかと思ったが、普通に食事をしている人もいたので窓際の席に座った。お店の人がメニューを持ってきてくれたが、シューブリックという料理は見あたらなかった。そのお店の料理は何故かモーツァルトの作品番号やオペラの登場人物の名前が付けられている。暫くするとお店の人が注文を取りに来た。何か声をかけられたが、それがドイツ語だと気付くのに一瞬の間があった。料理を持ってきてくれた人や、その後に追加の注文を聞きに来た人の発音も同じで、何か喉の奥に引っかかるような感じで、しかも早口で、これがこの地方の方言かも知れない。 食事をしながら窓の外を見ると、傘を差して歩いている人の姿が見える。雨が降っているようである。美味しい食事の後、ホテルの外に出ると普通に雨が降っていた。食事を頂いたホテルの目の前にある中央駅に立ち寄り、そこからタクシーで泊まっているホテルに帰ることにした。 翌日の朝、窓の外を見ると快晴である。空の色が絵に描いたように青い。朝食後、チェックアウトを済まして、バスで中央駅まで向かった。そういえば朝食では、ミュンヘンで一般に見られるゼンメルがなかった。これはこのホテルによるものなのか、それとも土地柄なのか分からなかった。コインロッカーに荷物を預けて、小一時間程の散歩をした。風が少し冷たいものの、気温が上がりそうな天気である。昨晩降った雨のおかげか、空気が非常に綺麗に感じられる。前日、旧市街地を既に歩いていたので、大体の距離感などが掴めるようになっていた。 大聖堂に行くとちょうど合唱の練習をしている。パイプオルガンのところで歌っているので、上から聞こえてくるその声は、まるで天から聞こえてくる感じがして、天井に描かれたフレスコ画の世界をより強く印象づけた。しかも姿が見えない。天井が浮いているように感じられると先に書いたが、上から響いてくる歌声が尚更その感覚を強くした。外界の音が遮断され、この礼拝堂の空間には静けさが漂っている。それゆえか合唱の声は礼拝堂内を包み込み、その空間は最も神に近い場所のように思われた。 暫く大聖堂にいた後、中央駅に戻り、Y氏と共にザンクトガレンの街を後にした。今回のザンクトガレン滞在ではY氏に大変お世話になり、氏に感謝である。まるでそういった気持ちを表しているかのように太陽が眩しかった。(2006年4月上旬、スイス・ザンクトガレン編完)
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