やまねこの物語

おでかけ スイス・ザンクトガレン

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2006年4月上旬

 

    旧市街地は、昔の面影を残しているためか、その道幅はかなり狭い。「〜通り(-str.)」ではなく、「〜小径(-gasse)」となっていることからも、それが分かる。また広場といっても、それは道が交差する場所といった感じで、それほど広くない。歩いていると木組みの家が意外と多いことに気が付く。それがよりゆっくりとした時間の流れを感じさせた。しかし旧市街地を少し出て、例えばザンクトガレン中央駅方面に歩くと、幾つものユーゲントシュティールの建物が目に留まった。キュビスムの建築もある。見ていて飽きない街並みである。木組みの家が建ち並ぶこの街にも、時代の流れが訪れたことが分かるだけでなく、19世紀に街の中心的存在である修道院が廃しされた後にも、ザンクトガレンに確かな文化が華開いたことも窺える。

    また幾つかの広場、通りには場所の名を示す看板だけでなく、その名前に関する説明があって、その街の歴史を大切にしていることが分かる。しかし言い換えれば、それは失われていく過去への不安をも表している気がする。この街を見ていると、何故か歴史の流れに翻弄されたようにも感じることがある。そういった感情が何処から来るのか分からないが、いずれにしてもザンクトガレン修道院の存在が大きく影響していると思われる。

街並み
街並み

街並み
街並み

街並み
街並み

街並み
街並み

広場
広場

広場
広場

街並み
街並み

市場が開かれていた
市場が開かれていた
威勢の良い声が飛んでいた。

看板
看板

看板
看板

看板
看板

看板
看板

ファディアン像
ファディアン像
ヨアヒム・フォン・ヴァット・アリアス・ファディアン(1484-1551)。
彼は市長として、また宗教改革者として活躍した。他に
薬剤師、医者、作家、詩人、古典の文書の編纂者、講師、
ウィーン大学学長などの肩書きを持つ。
リヒャルト・キスリングによって1904年制作された。

ゲオルク・バウムベルガーの家
ゲオルク・バウムベルガーの家
1895年夏、この家で東スイス新聞の編集長であった
ゲオルク・バウムベルガー(1855-1931)が赤十字の設立者
ジャン・アンリ・デュナン(1828-1910)に関する記事を考えた。
それが赤十字の活動を広めるきっかけとなった。
 

通りの看板
通りの看板
通り名の説明がなされている。

装飾
装飾
市関連の建物には市の紋章である熊の紋章がある。

噴水の彫像
噴水の彫像

街並み
街並み
ベンチと噴水

装飾
装飾

復活祭前のパン屋
復活祭前のパン屋

街並み
街並み

繊維織物博物館
繊維織物博物館
この地方の発展の元になった繊維業に関する博物館と図書館。
博物館の建物は1886年、エミール・ヴィルトによって建設された。
 

街並み
街並み

装飾
装飾

街並み
街並み

装飾
装飾

装飾
装飾

装飾
装飾 

装飾
装飾

装飾
装飾

装飾
装飾

街並み
街並み

街並み
街並み

街並み
街並み

ブローダーブルンネン
ブローダーブルンネン
1894年、ボーデン湖からの給水施設が出来たことを
記念して造られた記念碑。

ブローダーブルンネンと銀行
ブローダーブルンネンと銀行

 

街並み
街並み

街並み
街並み 

街並み
街並み

装飾
装飾

街並み
街並み

街並み
街並み

観光局が入る建物
観光局が入る建物

街並み
街並み

街並み
街並み

街並み
街並み 

街並み
街並み
奥に見える教会は1887年に建設された聖レオンハルト教会。

 

 

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