おでかけ スイス・ザンクトガレン |
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教会を出て、その横にある建物を回り込むと図書館の入り口がある。ここがユネスコの世界文化遺産に登録されているバロックの間がある修道院図書館の入り口だが、思った以上にシンプルな入り口だ(右写真)。しかし中に入ると大理石の階段があり、図書館バロックの間への期待が高まる。その階段を登ると廊下があり、チケット売り場があった。ここでチケットを買ってその廊下を奥に進む。しかし残念ながら目的であった図書館バロックの間は一切撮影禁止と言うことだった。 廊下を進むと大きなスリッパが並んでいた。バロックの間の方から戻って来る人を見ると、みな靴のままスリッパを履いている。同じようにして靴を履いたままスリッパを履き、先に進んだ。バロックの間へ続く廊下とそのバロックの間はL字型に繋がっている感じで、まずその入り口からバロックの間を覗き込んでみた。大聖堂同様、バロック様式に関する本などで紹介されているので、どういったものかイメージ出来ていたのだが、目の前にあるその空間は想像していたよりも若干小さく感じられた。18世紀に建てられたバロックの空間は、床など木造の建築が図書館ならではの落ち着きを示し、大きな窓から入る光がその空間を明るく照らしていた。 バロックの間に足を踏み入れた。アルファベット順に整理された本棚には金網があるので、本を手に取ってみることは出来ないが、ガラスのショーケースには本が開かれて展示されてある。このケースの中の本は日焼けを避けるために一週間に一度ページがめくられるらしい。またそのバロックの間は建設当時のまま保存されているので、部屋そのものに空調施設や照明が取り付けられていないと言うこと。 ショーケースの本を見てみると、本がまるで雨に濡れたようになっているのが分かる。しかも非常に重そうである。これは知識の重みかも知れない。図書館の奥にはミイラや木棺があった。修道士は医学や薬学の知識も必要としていたので、これらはその標本のようなものかも知れない。 修道院図書館はスイス最古の図書館で、また世界最大にして最古の修道院付属図書館の一つである。幅9,95メートル、奥行き28,4メートル、高さ7,3メートルの図書館バロックの間は1758-1767年、ペーター・テュンプによって建てられた。スタッコ装飾はヨハン・ゲオルクとマティアス・ギグル兄弟、キリスト教の教理と正統信仰の見方を示している天井のフレスコ画はヨーゼフ・ヴァネンマッハー、木造装飾はガブリエル・ローザーによって作られた。 この修道院図書館には8-12世紀のものを中心に15万冊以上の蔵書がある。2.000に及ぶ写本のうち、約400は11世紀より前のもので、ザンクトガレン大修道院が最も華やいだ中世初期のものである。その他に壮麗なカリグラフィーのある草稿や15、16世紀のルネサンス期の草稿、グレゴリオ聖歌の楽譜、また数多くの古代アイルランドの写本が保管されている。そして790年頃に制作されたラテン語・ドイツ語辞書もあり、これが最古のドイツ語の本とされている。 修道院が発展し規模が大きくなるにつれて書物の数も増えていき、まず9世紀終わりに建てられた塔の中が書物の保管場所となった。そして1553年以降は新たに建設された二階建ての図書館に保管されることになる。そして大修道院長ケレスティン・グッガーとベダ・アンゲールン(1725-1796)の時代に教会同様、バロックの間が建設された。 ところで図書館にはスリッパを履いて入ったが、そこにいる人は皆、それが脱げてしまわないように足を上げずに歩いており、その光景はすり足で歩くと言うよりは、まるでスケートをしているような感じであった。歴史の中を滑る感覚である。このスリッパを履くというのは床を汚さないのと同時に床を磨いているのかも知れない。それ故か床が非常に綺麗に輝いているように感じられた。
現在、ザンクトガレン修道院の建物群の中で最も古い建物は大修道院長ガルス2世が1674年、ダニエル・グラットブルガーに建てさせた司教の館と言われるもので、現在そこは司教の住居として利用されている。またこの修道院には古文書館があり、740-960年にアルプスより以北で書かれた文書のオリジナルが保管されている(約800)。その中にはオーストリア最古の文書や、カロリング朝の文書など貴重なものの他に教会や法に関する記録、修道院が帝国修道院の地位を得てから廃止されるまでの記録なども保管されている。また現在、この修道院の建物にザンクトガレン州の州政府が置かれている。
ザンクトガレンでの目的であった世界文化遺産ザンクトガレン修道院と図書館を観た後、市内散策に向かった。ザンクトガレンの旧市街地は、1418年の大火のあと整備され、それが現在も残っている。953/54年、大修道院は街を守るため、13の塔と城壁を築いた。1170年、市場の権利に関する記述が始めて文書に見られるが、その後街が発展するにつれて、街と大修道院の間で財政上の問題が出てきた。大修道院は貨幣鋳造権ならびに税関の権利を市に売り渡し、市は大修道院から独立することになる。その後両者間で争いが続くが先に述べたように16世紀、関係は修復される。調べてみるとスイスで最も古い銀行がザンクトガレンで1741年に設立され、スイスで最も古い市民プールがこの地に1908年に開業したとある。大修道院関連を除く、街の歴史も興味深いものがある。 散策は大聖堂向かいの聖ガルス広場から始めた。中央に聖ガルスの噴水が立っている。この日はちょうど市が出ていたので、それほど広くない空間は人で溢れ、近くによって噴水の写真を撮ることも出来ない程に賑わっていた。旧市街を歩くと特に印象に残るのはベイウィンドウと呼ばれる出窓である(ドイツ語でErker)。現在も街には111の出窓があるということ。これは建物建設と同時に建てられたのではなく、17世紀後半から18世紀に取り付けられた。モチーフも様々で裕福さを示すものもあれば、動物や人を扱っているものもある。これらを見ていると中には非常に手の込んだ精巧なものまであり、当時の人々の裕福さや遊び心を感じることが出来る。
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