| 礼拝堂の入り口にある壁画がこの教会の歴史を感じさせる。この聖エメラム修道院はカロリング朝期の739年頃に建設された。フランク王国の巡礼司教で殉教者であったエメラムのお墓の側に建てられた。彼はバイエルン最初の聖人とされる。ここにベネディクト修道会がバイエルンで最も古く、かつ重要な修道院の一つを建設したことにその歴史が始まった。現在見られる姿は1731年からアザム兄弟によってバロック様式化されたものであるが、これは1731年に公的ではないが修道院が帝国侯爵の地位に格上げされたことに由来する(1803年に聖エメラム修道院は帝国自由都市レーゲンスブルクと共にレーゲンスブルク候国になるが、1810年パリ条約によってバイエルン王国の一部になる)。
この教会には聖エメラム、聖ヴォルフガングの二人の聖人のお墓がある。また聖エメラム修道院を中心としたレーゲンスブルクは当時の東フランク王国で最も重要な都市の一つだったので、それ故、ここには皇帝ルートヴィヒ2世・ドイツ王(806頃-876)の妃であったヘマ(808-876)以外に、東フランク王国の最後の二人の王、皇帝アルヌルフ・フォン・ケルンテン(推定850-899)並びにその息子であった王ルートヴィヒ4世・ダス・キント(893-911)のお墓もある。
礼拝堂の扉を開けて中に入った。まず目に飛び込んできたのは西側の袖廊だ。1050年頃に建設されたとされる西側の袖廊は木造で派手さはないものの、上品な色使いで、それが繊細さを表し、歴史を感じさせるものとなっている。対してアザム兄弟が手がけたその豪華な礼拝堂は、非常に派手で当時のレーゲンスブルク候国の持っていた力の強さが窺える。内陣の横に回ると、そこには8世紀頃、つまり教会が建設された当時の面影が残っている。
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