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おでかけ ドイツ・アウグスブルク |
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大聖堂を出た後、僕が今回のアウグスブルクへの小旅行で一番見学したかった場所へ行った。場所は領主司教のレジデンツ。現在はシュヴァーベン地方の中心としてその議会の建物として利用されている。観光ガイドなどにはあまり載っていないが、僕の持っているバロックに関する本にはここが紹介されていた。議会がある建物なので、監視カメラなどがある。 それで僕はその建物の内部拝観が出来るか受付で問い合わせてみた。聞いてみると、僕が是非見学したかったバロックの階段とロココ様式の部屋は年に一度しか拝観できないらしい。でも受付の方は大変親切な方で、Chef (議長?館長?親分?とにかく一番偉い人)に電話で聞いてくれた。が、その一番偉い方はもう建物を後にされたということで、連絡が付かなかった。残念。その後、その受付の方が色々なパンフレットを奥から出してきてくれて、シュヴァーベン地方の歴史やそれとバイエルンとの関係、シュヴァーベン地方の方言などを説明してくださった。どうもありがとうございます。 この建物入り口、よく見てみると一番上には王冠がある。その下に時計があり、写真ではほとんど分からないが、二つの王冠に挟まれて、中央に司教の帽子がある。これを見て改めて当時の司教の権力の強さなどを感じることが出来た。
司教のレジデンツで説明していただいた方言のことなどを考えながら次にモーツァルトハウスへ向かった。モーツァルトハウス、最初は全然気付かなくて通り過ぎてしまうくらい地味な建物だ。ザルツブルクにあるものとは全然雰囲気が違う。で、アウグスブルクのモーツァルトハウスの半円形の屋根裏の窓は「神様の目」と呼ばれる珍しい窓だそうだ。 このモーツァルトハウスはヴォルフガング・アマデウスの父、レオポルトの生家でモーツァルト自身も幼少の頃、この家で生活していたらしい。僕は結局、建物の写真だけ撮って中には入らなかった。
モーツァルトハウスをあとにし、次にブレヒトハウスへ向かった。ブレヒトハウスはアウグスブルク出身の劇作家ベルトルト・ブレヒト Bertolt Brecht (1898-1956)の生家である。地図によると水路(川)沿いに建っているということだったが、その場所に行ってみると川の水は涸れていた。で、ここではブレヒトハウスの中に入ってみた。色々なポスターや作品、デスマスク等が展示されてある。なぜだか分からないが、それぞれの部屋が青やピンクの蛍光照明がついていた。 この博物館は一階、二階と続いており、三階に行く階段にはプライベートとの表示があった。ブレヒトのプライベートのものが展示されているのかと思って上がってみれば、そこは博物館ではなく、どなたかの家だった。
ブレヒトハウス見学後、フッゲライに行こうと地図を見ていると、通りかかった人が親切にも場所を教えてくれた。それで迷わずフッゲライにたどり着くことが出来た。フッゲライ Fuggerei はフッガー家のヤコブ2世の建てた世界最古の福祉施設だ。これはフッガー家が、勤勉で債務のないカトリックの生活困窮者のために建てた集合住宅で合計167の住居がある。1年間の家賃は1ライングルデン(約1.72マルク)で借りることが出来る。現在は老人専用のアパートになっているが、現在でもその値段のようだ。
フッゲライの13番の住居は現在博物館になっている。入場料は1マルク。中に入ると、日本語、中国語、韓国語など世界中の色々な国の言語で説明がされてあった。この13番のこの住居は第二次世界大戦の空襲も受けず、当時のものがそのまま展示されている。この13番と隣の14番の住居が戦争の被害を受けなかったらしい。14番の住居にはかつて、モーツァルトの祖父が住んでいたようでそれを表す看板がある。
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