|
自由広場は1886年、オーストリア軍の大規模な兵舎が取り壊された跡地に造営された。広場の北側にはアンタル・カーロイによって建てられた解放記念碑のオベリスクが建っている。1944/45年、当時ドイツによって占領されていたブダペストをドイツから解放した旧ソ連兵に捧げる碑である。旧東側の体制下では、ここに旧ソ連を意識する幾つかの記念碑があったが、民主化が進む中で撤去されたとのこと。ただこの解放記念碑に関しては、その下が旧ソ連軍の無名兵士墓地になっていることから残された。
ところでこの自由広場に面して大きな建造物が幾つか建っている。その中で最も大きな建物はハンガリー国立テレビ局の建物で、これは1905年、アルパール・イグナーツによって証券取引所として建てられた。ユーゲントシュティール様式の建物は広場中央に建つ解放記念碑と、その素材、色などから一体感をなして見える。
また国立テレビ局と同様に1905年に建てられたのが、ハンガリー国立銀行である。こちらは新古典主義を元に、ネオ・ルネサンス様式などを採り入れた建築となっている。どっしりとした重量感のある建物が国立銀行に相応しく思われる。またある一つの建物にはアメリカの国旗が翻っていた。アメリカ大使館である。旧ソ連に対する記念碑の前に建つアメリカ大使館の直ぐ近くには、国立テレビ局や国立銀行だけでなく、国会議事堂も建っている。その位置を考えると、民主化を進める(進めた)ハンガリーが、アメリカとの関係を重要としているのが窺える。
ところで僕がこの広場を訪れたときは、解放記念碑の回りにフェンスが設置されていた。同時にアメリカ大使館の前にもフェンスがあり、こちらでは検問もなされていた。今の時代、この広場は落ち着くことが許されないような流れがある。その意味においては、この広場では世界情勢の縮図を見ることが出来るかも知れない。
|