| 聖イシュトヴァーン大聖堂はブダペスト最大の教会で、巨大なドームは直径22メートル、高さ96メートルの大きさがあり、大聖堂の収容人数は8500人に及ぶ。それは直径53.5メートル、高さ71.5メートルのドームを持つハンガリー・カトリックの総本山であるエステルゴム大聖堂に次いで国内2番目に大きい。その聖イシュトヴァーン大聖堂の建設は1851年、建築家ヒルド・ヨージェフの手で始められた。しかし既に老齢であった彼は大聖堂の完成を見ずに亡くなり、その後をイブル・ミクローシュが引き継いだ。しかしその後、壁のひび割れが発見され、嵐によってドームが崩れ落ちた(1868年)。その際、それまで新古典主義様式で建築が進められていた大聖堂はネオ・ルネサンス様式を採り入れて建設されるようになるが、1891年にはイブルも亡くなり、カウセル・ヨージェフが後を継いで、1905年にようやく完成した。ところでこの教会はドナウ川がすぐ近くにあるので、大きな土台を作り、更に地下3階まで掘り下げることによって安定を生み出している。
大聖堂の正面入り口上部には王イシュトヴァーンが好んだ「私は道であり、心理であり、命である。」という新約聖書「ヨハネによる福音書」第19章6節の言葉が刻まれている。この大聖堂の名前にもなっているイシュトヴァーンは896年の民族大移動の際、それを率いた首長アールパードの息子で、キリスト教に改宗して、その洗礼名イシュトヴァーン(ドイツ語名シュテファン)を名乗るようになった。1000年にローマ法王から贈られた王冠で戴冠式を行い、初代ハンガリー国王となった。統一国家を樹立したその功績から、1083年聖人に列せられ、8月20日は聖イシュトヴァーンの日として、現在ハンガリーの祝日になっている。
ところで現在、ハンガリーの国章の一部に二重の十字架がある。これはイシュトヴァーンがこの地にキリスト教を導入し、キリスト教を国教としてハンガリー王国を築いたということと、ハンガリー国内の大司教を決定する権利を法王から与えられたという、2つの意味があるとされる。二重の十字架を手にした像は、市内の色々な場所で見かけられるが、そのほとんどがイシュトヴァーン自身かイシュトヴァーンゆかりのものとなっている。同時にそれはハンガリー王国を象徴する聖なる印ともなっている。
聖イシュトヴァーン大聖堂は、その名の通り主祭壇に聖イシュトヴァーン初代ハンガリー国王が祀られており、さらに大聖堂内の聖イシュトヴァーン礼拝堂には「聖なる右手」と呼ばれる聖イシュトヴァーンの右手のミイラが祀られてある。元々彼の遺体はセーケシュフェヘールヴァールの方に安置されてあったが、トルコ軍の占領時、トルコ商人によって商品としてヨーロッパを転々とし、1771年にようやくブダに持ち込まれたというものである。
教会の主祭壇に国王が祀られているというのは非常に珍しいと思われるが、聖イシュトヴァーンがハンガリーにもたらした功績を考えると、国民が彼を祀るのも納得出来るような気がする。ハンガリーは地理的に東にあるだけでなく、旧東側の体制下にあったことから、この国が存在する場所はヨーロッパの中でも「東」というイメージが現在ある。しかし実際にはオーストリアとの二重帝国など、オーストリアを中心とした西側との関係や、また建築や芸術面でもウィーンやパリの影響も受け、西側からの影響も強い。
現在のハンガリーの国教をキリスト教に決めたのは聖イシュトヴァーンであるが、彼がもしキリスト教ではなく正教を選んでいたなら、ハンガリーの文字は他の東側の国々と同じようにキリル文字を用いたものになっているだろう。キリスト教と共に入ってきたローマやパリ、そしてウィーンの様々な芸術も存在しなかったかも知れない。多くの「西」側を受け入れたハンガリーやブダペストの街の発展を考えると、聖イシュトヴァーンの果たした役割は大きいと認識出来る。ところで、この聖イシュトヴァーン大聖堂のドームの高さが96メートルというのは、「ハンガリー建国896年」の下二桁から取られたもので、ここにハンガリー人の民族意識が垣間見れる。
大聖堂は遠くから見ても存在感があるが、大聖堂正面に来ると、その圧倒されるような外観からその巨大さを更に感じることが出来る。正面切り妻部分に王冠をかぶったマリア像が見える。おそらくハンガリーの守護として祀られているのだろう。階段を登ると正面入り口上部に聖イシュトヴァーン像がある。巨大な扉を開けて礼拝堂の中に入ると、その派手さに目を奪われた。そこには大理石と金色で装飾がなされた非常に派手な空間が拡がっていた。もし外が曇っていれば、こちらの方が明るいと感じていたかも知れない。この内装はイブルが建築していた時のものである。彼はハンガリー国立歌劇場も手がけているが、その内装も大理石と金を存分に使った建築であった。両者ともネオ・ルネサンス様式の建築であり、色の使い方など共通点を見出すことが出来る。
そして礼拝堂の奥、主祭壇に目をやると光り輝く、聖イシュトヴァーン初代ハンガリー国王(シュトローブル・アラヨシュ作)が祀られているのが見える。礼拝堂内は赤を中心に幾つかの色の大理石が使用されている。その中でガラーラ産の大理石を使ったという真っ白な聖イシュトヴァーン像は、一際目を引く存在で、王の清楚さ、純粋さを表している。そこにだけ光源があるようだが、聖イシュトヴァーン像が輝いていると言うよりは、国民が彼を輝かせているといった印象を受けた。そういったところにもハンガリー人らしさが感じられた。
ドーム部分を見上げると、そこには聖書の場面を描いたモザイクがある。これはロッツ・カーロイによってイタリア・ヴェネツィアで製作されたものである。このドーム部分には窓があり、そこから差し込む光によってそのモザイクは、より輝いていた。ところで建設時にこのドームは一度崩壊したと上で書いたが、完成当時、ここに足を踏み入れた人は、天井が落ちてこないか不安であったに違いない。
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