| 1951/52年にオスカー・カウフマン(1873-1956)によって建設されたエルケル劇場は、その外観を見ただけでは劇場とは想像が付かない。同じ劇場と言っても、国立歌劇場と比べると、その差は歴然としたものがある。友人の上司であるハンガリー人が「醜い劇場」と表現していたが、その外観がそうを感じさせるのも分かった気がした。そういえば前日、ここにチケットを購入しに来たときも、建物全体が薄暗く、開いているのかさえも分からなかった。扉の取っ手を引くと扉が動く。しかし建物の中に入ってみても薄暗く、チケット売り場が開いているのかも分からない。近寄ってみて、ようやく売り場に人がいるのが確認出来、チケットを購入することが出来た。その際、インターネットでオンライン予約した国立歌劇場のチケットを、この場所でもらおうとしたが、本来可能であるにもかかわらず、オンラインが上手く接続されていないのか、それは発券されなかった。
エルケル劇場は正面の階段を上がり、一つ目の扉を開けると、その空間にはチケット売り場がある。前日はここまでしか入ることが出来なかった。そして次の扉を開けると劇場内の入り口ホールになる。その日、初めてそこに入ったが、丸い照明や木製の扉枠など「昔」らしさがあって、少し好意的な印象を受けた。また階段を上がってホール内に入ると、講堂のようなその大きな空間が面白く感じられた。アール・デコの要素がある、この劇場は曲線、丸みをシンプルに強調している。またFoyer(ロビー)などドイツ第三帝国建築に通じるものが感じられる。国立歌劇場とはまた違った魅力のある建築に見えた。
オペラ、ベルリーニ「ノルマ」は午前11時開演という演目だったにもかかわらず、そのチケット代の安さも手伝ってか、それなりに人が入っているように見えた。チケット代はとにかく安い。物価の違いがあるので単純には比較出来ないが、例えばミュンヘンのバイエルン州立歌劇場の立ち見席の金額で、エルケル劇場の正面の座る席を購入出来る。当然、後ろの横の席ならもっと安い。これなら毎日通っても良いかも知れない。そんな気にさせる劇場だ。
その日も全部で2000席あるというホールは、1階部分、2階席共に横側が空いていたものの、全体としては人が入っている印象を受けた。この劇場は舞台の奥行きもなく、どの座席からでも舞台が見えるので、例えばオペラを初めて観る人にとっても観やすく、身近にあるブダペストの芸術を感じるのに相応しい場所かも知れない。
前日と同じようにオペラ開幕前にハンガリー語、英語、ドイツ語のアナウンスがあって、それから照明が落とされオペラが始まった。正直なところ、オペラにはそれほど期待をしていなかった。というのは国立歌劇場より目立たない劇場で、チケット代も安く、また舞台上にも特に大きなセットが組まれているわけでもなかったからだが、そういった予想に反して、オペラは随分と良かったものであった。前日観た「マクベス」よりも印象に残るもので、とにかく歌が良かった。また前日チケットを購入する際、お昼を中華料理屋でご一緒させていただいた方に、実際に劇場のチケット売り場まで付いて来ていただき、何処の席が良いか等、アドヴァイスを色々いただいて良い席でオペラを観られたのも、エルケル劇場でのオペラを予想以上に楽しめた理由の一つであった。
ところでオペラを観終わった後、その内容以外で友人と話していたことは、この劇場はもしかすると大がかりな舞台装置がないのでは、と言うことだった。またお手洗いも、水を流すのに上から伸びているヒモを引くという、最近ではあまり見かけない原始的なものであった。社会主義体制下で建設されたこの劇場は当時の面影を色濃く残していると思われる。以前「オスタルジー」という言葉を何度も耳にした。ドイツ語の「オスト(東)」と「ノスタルジー」をかけ合わせた造語で、旧東への郷愁ということだが、ここではその当時の建築、設備等、今の時代にはあまり見られないものを発見出来るかも知れない。
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