| 次の日、朝早く目が覚めた僕は朝食までの時間、散歩しようと一人で街に出た。前日、友人と色々回ったおかげで、ようやく方向感覚が掴めてきた。方向感覚や土地勘は一人で行動することによって、より確かなものになる気がする。地図で見ている限りでは遠いと思っていたものが、実際に来てみるとそうでないと分かったり、それによって地図に描かれた距離感が掴めるようになる。
最寄りの地下鉄乗り場まで行き、そこで僕は英雄広場の場所を聞いた。そういえばガイドブックなどに「ブダペストではドイツ語を話せる人が多い」という記述を見た。オペラを観に行ったときも英語と同じくドイツ語のアナウンスもあり、また様々な場所で英語・ドイツ語による説明を目にしたので、その説明は当たっている気がしたが、いざ自分が使うと英語で答えが返ってきたりして、旅においてドイツ語よりも英語を使う機会の方が多かった。といっても自分が話す英語の中に無意識にドイツ語の単語が混じってしまい、結局普通にドイツ語で聞いた方が良いと思うに到った。もちろんハンガリーにいるならハンガリー語が出来た方が良い。その方がより旅を楽しめ、色々なことを経験出来るに違いない。その意味においては旅の面白さも半減しているかも知れない。ところで駅で英雄広場の場所を聞いたとき、僕はドイツ語で聞いたが、駅員はハンガリー語と指で幾つ目の駅か教えてくれた。
地下鉄に乗って英雄広場で降り、地上に出ると、そこはまるでミュンヘンのケーニヒ広場のようだった。広場中央にモニュメントがあり、広場の左右にギリシャ風の建物がある。ミュンヘンのケーニヒ広場は以前は石畳だったが(戦後、それは殺風景ということで芝生が植えられた)、この英雄広場を見ていると実際に建っている建物は違うが、以前のケーニヒ広場が思い起こされた。
ブダペストの英雄広場はハンガリー建国1000年を記念して、1896年に造営されたブダペストで最も起きな広場である。1896年の千年祭はハンガリーの歴史とオーストリア=ハンガリー二重帝国の君主制を祝福して、建国以来これまでにないほど大きな事業が展開された。街が整備され、数々の建築が建ち、ガスも供給されるようになった。同時にヨーロッパ大陸で初めての地下鉄も開通した(M1線)。
その建国千年祭を記念してツァーラ・ジェルジイとシッケンダンツ・アルベルトによって建てられたのが英雄広場とその記念碑である。広場の中央には聖イシュトヴァーンの王冠と教皇の十字架を手にした大天使ガブリエルをその上にいただく、高さ36メートルの建国千年記念碑が立つ。これは伝説によれば、王イシュトヴァーンの夢の中に天使が現れ、彼に王冠を授けたというものに由来する(この建国千年記念碑は1900年のパリ万博において金賞を獲得した)。また記念碑の台座には9世紀後半に現在のハンガリーの地に初めて足を踏み入れたマジャル人の首長アールパードを中心にして、7人の部族長の騎馬像が並び、その前には無名兵士達に捧げられる墓石がある。
また記念碑の後方には扇状の列柱があり、そこにはハンガリーの歴代の王や将軍など14人の像が並んでいる。さらに列柱の両端に並んでいる4つの像は、それぞれ「労働と繁栄」「戦い」「平和」「学問と芸術」を象徴したものである。そういった柱周辺のものも合わせて、この広場が現在の姿になったのは1929年と言うことから、この広場と記念碑建設が如何に大きな工事だったか簡単に想像出来る。
僕が英雄広場を訪れたときは、早朝だったせいか、ほとんど人がいなかった。逆に広場の前にある通りは車が忙しく走っており、それがかえってこの広場をより落ち着いたものにさせ、ハンガリーの偉人が静かに街を見守っているという感じにさせた。
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