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おでかけ スイス・ルツェルン |
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ミューレン広場から別の道を通って旧市街地方面に向かった。通りは直ぐにロイス川に出て、そこに架かるロイス橋の上を歩いた。この橋の上にはベンチも設置されてあって、橋と言うよりも「通り」といった印象を受けた。そしてロイス橋を渡り、州庁舎前を通ってラートハウス桟橋から再度旧市街地へと向かった。
ラートハウス桟橋を渡って、市庁舎の建つ広場コルンマルクトに戻ってきた。昼食を取ったレストラン、プフィスター・ツンフトハウスもこの広場に面して建っている。そういえばこの街に到着して、この広場の側にあるホテルに荷物を置いて昼食を取ったとき、この場所が広場だと言うことを意識していなかった。それほどに広くなかった。しかしルツェルンの街を歩いてみると、このコルンマルクトの広さがそれほど狭いとは感じなくなっていた。それだけルツェルンの街に馴染んだと言うことだろうか。 このコルンマルクトは、コルン(穀物)の市場があった場所である。1356年にこの広場の存在が文書で確認されており、19世紀までは市が開かれていた。そして1447年、フィッシュマルクト(ヴァインマルクト)から市庁舎がこちらに移され、ここがルツェルン市政の中心地となった。 コルンマルクトから今度は今まで通っていない方面に向かうことにした。そこにはコルンマルクトとカペル広場を結ぶフッレン小径というのがある。その細い路地を歩くことにした。すると右側にピカソ博物館があった。ピカソ(1881-1973)の後期、つまり亡くなるまでの20年間の作品と、ピカソの写真家として知られるデビット・ダグラス・ダンカンが撮影した写真などが展示されている。このピカソ博物館の入っている建物は、アム・リーン・ハウスと言い、1616-18年、市長ヴァルタート・アム・リーンのためにルネサンス様式で建てられた。市の誕生800周年を記念して、1978年よりピカソ博物館として利用されている。 カペル広場は1178年より、ここに聖ペーター礼拝堂(カペレ)があることに由来する。1500年頃までは墓地も併設されてあった。1836年まで、市で最も古い城壁が繋がっており、そこには2つの門があった。一つはホーフ橋を渡ってホーフ教会へ続く門、もう一つは川岸に出る門である。現在は既にその門も城壁も見られないが、礼拝堂の所にその説明があって、以前の面影をそこに見ることが出来る。
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