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おでかけ スイス・ルツェルン |
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ライオン記念碑の横に氷河公園がある。Y氏の知り合いがお薦めだと言ったということで、覗いてみることにした。ただ時間的に既に閉館時間になっていないか心配だったので、入り口のところで伺うと「あと30分」ということ。残り時間が少なかったからか、ここでは割引料金で入場することが出来た。そしてチケット売り場の女性が「こことここを見なさい」と言ってパンフレットに二つの印が付けられた。まずそこを目指すことにした。 この氷河公園は1873年5月1日に開業した。しかし元々ここに氷河公園を作る案はなかった。1872年11月2日、ヨーゼフ・ヴィルヘルム・アムライン=トローラーがこの地にワインケラーを作ろうとして、その作業中にこの氷河期のものを偶然発見し、それが半年後に国立天然記念物がある氷河公園として開業されたものである。その発掘作業は1876年まで続いたと言うこと。 その氷河公園で最も大きな穴は2万年前に出来たもので、深さ9,5メートル、直系8メートルというものだった。チケット売り場の女性が勧めた場所の一つがこれで、恐る恐る穴を覗いてみると、吸い込まれそうな気がするほど大きく深い。パンフレットによると、この穴は水流の莫大な力によって出来たと言うこと。時速200kmにも達する渦巻き状の急流によって出来たとある。いずれにしても一度や二度の激流で、その様なものが出来たわけでもなく、この様な綺麗に磨かれた石になるまでは相当な年月がかかっていると思うと、改めて自然の力には驚かされる。 それを足早に見た後、チケット売り場の人が勧めた、もう一箇所の「鏡の迷宮」に向かった。が、途中で道を間違えたのか、気付いたときにはその入り口を通りすぎていた。おそらくその先に見える木造の展望台が気になっていたのだろう。氷河公園の中にある階段を登って、展望台の下まで来た。展望台と言ってもそれほど高くないように感じられるが、それが立っている場所自体が高いので、上からは良い景色が見られるに違いない。木造の階段は非常に狭く、人がすれ違うことも出来ない程である。展望台へは僅か3階分くらいなので直ぐに展望台に着いた。この展望台は5人も人がいれば一杯になってしまうくらい狭い場所であった。展望台の櫓の下は窓もなく、風が気持ち良く吹いていたが、写真を撮ろうと動かずにじっとしていると、風の影響か展望台が揺れているのが分かった。 展望台を降りて、鏡の迷宮「アルハンブラ」を探した。これはグラナダのアルハンブラ宮殿を模したもので、1896年にジュネーブで開かれたスイス博覧会のために作られたと言うこと。1899年、氷河公園に移設された。鏡の迷宮に入った。90枚の鏡を使っているということだが、実際にはもっと多くの鏡があるように感じられる。そういえば自分が小学生の時にも、そういった遊戯施設に入ったことを思い出した。 アルハンブラ宮殿を出ると、そこには幾つもの鏡が置かれていた。それぞれ湾曲している。鏡の前に立つと、胴長の姿が映し出されたり、また背が高くなったりと、非常に面白い姿が映し出される。鏡の迷宮の中でも楽しんでいる人、笑っている人が多かったが、こちらでも鏡に映った面白い姿を写真に撮っている人がいた。ある男性は笑いのツボにはまったようで、その大きな、そして楽しそうな笑い声が暫く聞こえていた。
氷河公園を後にして、ホーフ教会に向かった。ホーフ教会はルツェルンの守護聖人聖レオデガーと聖マルティウスを祀る教会としてムルバッハ大修道院によって735年に建設され、その後改築がなされた。現在のホーフ教会は1633年の火災によって教会が崩壊した後、1634年に後期ルネサンス様式で建設されたもの。ゴシック様式の塔は、後期ルネサンス様式に建て替えされる前の教会のもので1525年に建設された。既に午後6時を回っていたので、教会の中に入れるかどうか分からなかったが、入り口の扉を押すと扉は静かに開いた。礼拝堂の中はひっそりとしていて空気も冷たかった。これからミサが行われるのか、その準備をする人が慌ただしく動いている。
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