やまねこの物語

日記 オペラフェスト2006
12)演出家オールデンと「オルランド」

昨晩から急に咳が出るようになり、夜もほとんど寝られなかった。翌日、つまり今日もそれが続き、お昼頃までずっとベットで横になっていた。今日の夜はヘンデルのオペラ「オルランド」がある。お昼の時の体調では、とてもオペラを聴けるようなものではない。チケットを譲るという話しを何人かにしたが、また探してもらったりしたが(どうもありがとうございます)、結局誰も見つからなかった。

そこでオペラの開演一時間前、17時半頃にバイエルン州立歌劇場に行ってチケットを売ろうとした。特に人気のある演目では開演一時間以上前から「チケット求む」と書いた紙を手にしている人を見る。この頃になると、自分の体調も随分回復してきた。もし売れなければ自分で観ても良いかな、と思うようにもなった。

17時頃、外に出ると風が涼しかった。その風が夏の暑さを何処かに運んでしまったかのようにそれほど蒸し暑さも感じなかった。歌劇場に着くと、そこでは多くの人がチケットを売っていた。いつもとは全く逆の光景である。それほど人気がないのに何故、人はそのチケットを求めたか、それはチケット発売の
時期によるところが大きい。オペラフェストのチケット先行発売は一月中旬である。それに対してヘンデル「オルランド」の初演は2006年春である(ミュンヘン初演作品)。

その春の公演を観てから、チケットを買おうと思っても遅い可能性がある。もしかすると非常に良い公演になるかも知れない。そう思って多くの人がチケットを購入したのだろう。自分もその一人だ。しかし演出がデビット・オールデンと分かっていたのでほとんど期待はしていなかった。

というのは、オールデンは多くのヘンデル作品やヴァーグナー「リング」を手がけているが、その彼の演出はほとんどの場合、ブーが出る。以前何処かで読んだものには、アメリカ出身の彼はヴァーグナー作品に対して、ドイツ人演出家が感じるような伝統や気品を感じないので自由な演出が出来るとあった。

彼の演出は非常にシンプルで、例えば舞台の背景や床などは幾何学模様や幾つもの点だけであるなど、また小道具も机や冷蔵庫などを一つ置くだけで、オペラの台本とはほとんど関係ない舞台作りになっている。そして彼による演出の最も特徴的なところは、その人物描写である。非常に極端に人物が描かれており、それが台本以上にコミカルに描かれていることが多い。時々、想像していた人物像とのギャップに驚くことがある。オペラが持っている美の世界をほとんど無視したような世界観といっても良いかも知れない。「オルランド」もそれに漏れず、彼らしい演出である。

それゆえか、歌劇場の外でチケットを売っている人が多かった。それを目にして自分はチケットを売るのを止め、そのまま歌劇場の中へ入った。いつのまにか体調の悪さは感じなくなっていた。

この公演で個人的に最も良かったのは、指揮のボルトンである。日記「オルフェオとエウリディーチェ」でも触れたが彼の指揮は、しなやかで、それでいて強さがある。まるで波が打ち寄せ、そして引くように柔らかく、そして時には歌をもり立てるようにテンポが良く、また歯切れが良い。それを示すように舞台後の挨拶では多くのブラヴォーが飛んでいた。

そしてその後、舞台には演出家オールデンが出てきた。彼に向かって一斉にブーが出た。それに負けじとブラヴォーを叫ぶ人もいたが、全体的にはブーの大合唱に近いという印象を得た。もちろんこれは聴く場所によって違った声が聞こえているかも知れない。とにかく自分が聴いた場所ではブーの方が圧倒的だった。

オールデンの演出は非常にコミカルに描かれているので時には面白く感じられることもある。しかし彼はオペラをオペラではなく、娯楽して捉えているような気がする。それが保守的な観客にとってはブーに繋がるのだろう。

歌劇場にいる観客は彼が演出家だと言うことを知っていた。知っているからこそ、ブーやブラヴォーが出たのである。観客を熱狂させるという点では、ある意味彼も非常に存在感がある。一つのものを見て、感じ方は人それぞれだから色々な反応があった方が面白いと言うこともある。

しかし人物描写を得意とするオールデンが自身を演出した場合、どのような姿になるだろうか。それを考えると自分もオールデンの演出に、はまっている気がした。

公演後の挨拶

公演後の挨拶
 

 

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(2006年8月6日)

 

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