やまねこの物語

日記 オペラフェスト2006
13)演出家ロイと「アルチーナ」

2005年、2006年のオペラフェストで最も早くチケット完売になった演目の一つがヘンデルの「アルチーナ」である。昨年のオペラフェストで新演目としてプリンツレゲンテン劇場で上演された。アルチーナをアニヤ・ハルテロス、ルッジェーロをヴェッセリーナ・カサロヴァが歌うというもので、それだけでも話題になった(指揮は昨年がアイボア・ボルトン、今年はクリストファー・モウルズ)。

しかし話題になったのは歌手だけでなく演出も影響しているかも知れない。このオペラの演出はクリストフ・ロイで、彼はバイエルン州立歌劇場では他にヘンデル「サウル」、ドニゼッティ「ロベルト・デヴリュー」を手がけている。ドイツのオペラ雑誌「Oernwelt」において「サウル」が年間最優秀演出作品に輝いたことも記憶に新たらしい。

ところで歴史的な演出作品と言えば、必ずオットー・シェンクの作品が挙げられるだろう。しかし現代では、そのような絢爛豪華な作品は費用的にも保管場所など物理的にも不可能かも知れない。現代に生きる演出家は、過去の演出家を越えるためには今までと同じような演出をやるのではなく、独自の解釈で新しいことに挑戦していかなければならない。

昨日観たヘンデル「オルランド」を演出したデビット・オールデンは(観客の好みは別として)成功している演出家の一人だろう。今年のオペラフェスト29作品のうち、9作品が彼による演出である。昨日の日記でも書いたが、彼の演出の特徴はオペラの台本の世界観を無視し、特に個人に焦点が当てられ、人物がかなり極端に描写されていることである。その描写が時には面白く感じられ、(良い悪いは別として)オペラを観て楽しむ娯楽というものにするのに成功したかも知れない。

それに対して、今日のヘンデル「アルチーナ」を演出したロイの演出の特徴として挙げられるキーワードは統一感や調和である。一つの空間と歌手陣が見事に調和している。つまりその限られた空間に、いて当然、それぞれの時代(設定)に合った人達がいる。また余計な小道具もなく、舞台転換も最低限で演出は多くを語らない。しかしそれでもオペラの美の世界を引き出すことに成功している。
娯楽ではなく様式美が重要となっている。

また空間に対する意識ではオールデンの演出では歌劇場の舞台全体をオペラの舞台として使っており、無駄な空間が多いのに対し、ロイの演出は限られた空間、例えば壁や天井、奥行きを予め設定している。つまり舞台の上に箱が置かれているといった感じだろうか。その枠の中でオペラが本来持つ世界観を表現している。

そして「アルチーナ」ではその限られた空間の中で、その空間に適した歌手陣がいる。ハルテロスとカサロヴァ。彼女たちの歌を今まで何度も耳にしたが、それぞれにとって、このオペラ(の役)ははまり役と言ってもいいかも知れない。アルチーナ像とルッジェーロ像を非常に上手く創り上げている。カサロヴァのコンサートを何度か聴いたが、彼女はこの作品のアリアをアンコールの一番最後で歌っていることから、彼女にとっても重要な作品であることが分かる。そしてこの曲は非常に盛り上がる。

プリンツレゲンテン劇場は音の吸収を無くすため、座席にはクッションが付いておらず、床も全て板張りである。アリアの後、拍手やブラヴォーが飛ぶ中で、多くの人が床をドンドンドンドンと踏みならす音は、歌劇場内にこだまし、非常に熱狂的な雰囲気になる。舞台上のオペラ作品そのものだけでなく
観客も一緒に創り上げるその空間、それこそがオペラの醍醐味の一つかも知れない。もしかすると多くの人がこういう作品を待っていたのかも知れない。それがチケットの早期完売に繋がったのだろう。

2006/07年シーズン、クリストフ・ロイが演出を手がける作品はロッシーニ「イタリアのトルコ人」(新演出)がある。この作品も非常に楽しみである。

公演後の挨拶

公演後の挨拶
 

公演後の挨拶

公演後の挨拶
前列左端カサロヴァ、同右端ハルテロス。

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(2006年8月6日)

 

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