やまねこの物語

日記 オペラフェスト2006
17)君と僕と「タンホイザー」

飛び起きた。慌てて時計を見た。時間を確認する。リヒャルト・ヴァーグナー「タンホイザー」に遅れる夢を見た。別の時計でもう一度時間を確認する。時計の針は慌てることなくいつも通り進んでいる。時間はまだ午前中。18時からのオペラにはかなりの時間がある。

夢の中で「僕」は自分を含めて6人の男性と「タンホイザー」を観に行くことにしていた。しかしその6人でいる時に時計を見ると、既にオペラの始まっている時間になっている。でも「僕」は慌てない。序曲が聴けなかったか、と思いそのまま6人でいる。次ぎに時計に目をやった時には、おそらく2幕の最中だった。1幕を聴けなかったけれど、まだまだ大丈夫。「僕」は3幕に間に合うようにその場から移動した。

僕は「僕」に言う。僕にとってこのオペラは非常に好きな作品で、極端に言えば曲さえ聴ければ良いとも思っている。序曲を聴けないのは非常に悲しい。1幕を聴けないのも、2幕の入場行進曲を聴けないのも悲しいし悔しい。3幕に間に合うようにとそんなに悠然としていられるわけがない。「僕」は僕ではない。つまり君は僕ではない。

17時過ぎに歌劇場に到着すると、そこでは、今回のオペラフェストでおそらく最も多い人達が「チケット求む」をしていた。誰かがチケットを出すと、まるで磁石に引きつけられるように一斉に人が集まってくる。今日、もしチケットを持っていなかったら難しいかも知れない。そんな状況でチケットを持たない友人が登場。見ていると、簡単そうではない。しかしその難しい状況でもチケットを入手!やはり、このオペラをどうしても観たいという非常に非常に強い気持ちがあったからだろう。

18時過ぎ。歌劇場の照明が落ち、指揮者メータの登場。久しぶりに、バイエルン州立オーケストラの深い「木」の音を聴いた気がする。ドイツの深い森をイメージさせるようなその音を耳にしただけで鳥肌が立った。この序曲を聴かない「僕」はやはり僕ではない。

ヴァーグナー歌手の女王として君臨するヴァルトラウト・マイヤー、この公演でもその存在感を発揮していた。しかしこの公演で彼女以上にブラヴォーをもらっていたのは、エリーザベトを歌ったアニヤ・ハルテロス、そしてヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハを歌ったサイモン・キーンリーサイド。この二人は歌だけでなく演技も非常に良く、二人ともそれぞれの役を歌わせたら世界一かも知れない。それほどに存在感があった。

今回の公演では色々なサービスがあった。まず一回目の休憩では、指揮者メータが7月23日のベートーヴェン「フィデリオ」で実際に使った指揮棒のオークションがあった。競売人はバイエルン州立歌劇場総支配人ペーター・ヨーナス卿。100ユーロから始まったオークションは、なかなか値が上がらない。
そして50ユーロずつ徐々に値が上がっていった。最終的には、ピンクの蝶ネクタイをした男性と真っ白のワンピースを着た女性との一騎打ちとなった。50ユーロずつの攻防は最終的に蝶ネクタイの男性が勝利し、1300ユーロでメータのサイン入り指揮棒を手にした。

二回目の休憩時には、ヴァルトラウト・マイヤーのサイン会が催された。通常、サイン会は公演後に行われるが、この日は彼女の出番の関係もあってか幕間に行われた。そして長蛇の列。30分の休憩だったが、多くの人が並んでいたので休憩を10分程延長したようだったが、それでも列が途切れなかった。間近で見る女王の迫力に圧倒される。

「タンホイザー」を聴けるだけでも嬉しいと思っていたが今回は先に挙げた歌手陣や非常に丁寧な演奏をするオーケストラがあって、今回のオペラフェストでは新演目を除いて、最も良い公演だったと言えるかも知れない。久しぶりにオペラを観た気がした。

公演後、関係者出入り口で歌手陣が出てくるのを待つ。友人達は目当ての歌手がいるのだが、自分は特にいるわけでもなく、その場を目撃しに行ったという感じだったが友人達のものすごく喜ぶ姿を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。

そういえばこの場所で歌手陣が出てくるのを待っていた時、そこから指揮者メータも出てきた。彼はいつも別の出入り口から劇場をあとにしている。しかしこの日はファンサービスだったのだろうか。ここから出てきたのを初めて見た。普段着の彼にみんなが駆け寄る。自分もサインをもらう。巨匠ズービン・メータ。彼には何やら嬉しそうな雰囲気があった。それだけこの日の公演が良かったのかも知れない。
この日は多くの人にとって素晴らしい夜だったに違いない。

僕は「僕」を探す。君はこの「タンホイザー」を観たのだろうか。

「タンホイザー」の旗

「タンホイザー」の旗

オークションの模様

オークションの模様

競売人を務めるヨーナス卿

競売人を務めるヨーナス卿
 

公演後の挨拶

公演後の挨拶 

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(2006年8月6日)

 

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