日記 オペラフェスト2006 |
外に出ると風が涼しくて気持ちが良い。暑くはないかなと思っていたが、太陽が顔を出すと、その日差しの強さにまだ夏が終わっていないこと改めて思い知らされる。 今日は18時からバイエルン州立歌劇場でオペラ、ヴェルディ「ドン・カルロ」。その開演一時間に歌劇場に行くと、先日の「タンホイザー」以上の人が「チケット求む」をしている。友人二人が同じようにしていたので手伝ったが、結局入手出来たのは一枚だけだった。残念。 申し訳ないという気持ちを抱きながら、歌劇場に入った。歌劇場の中は少し蒸し暑い。それだけ熱気があったのだろう。18時を少し過ぎた頃、照明が落ち、緞帳にスポットライトが当てられた。歌劇場総支配人ペーター・ヨーナス卿が顔を出す。そしてドン・カルロ役を歌う予定だったラモーン・ヴァルガスの降板が伝えられる。実際には2日前から分かっていたことだったが、しかし最終的には3人の配役が変更になった。それも直前に。 スポットライトが消え、少しの間があった。ズービン・メータが音楽総監督としてバイエルン州立オーケストラを指揮するのはあと2回である。オケピットの裾から出てくるのに、その間を楽しんでいるかのような気がした。ピット横のカーテンが開けられ、いつものようにゆっくりと出てくる。観客に向かって簡単に頭を下げるだけでゆっくりと曲が始まった。 「ドン・カルロ」はシラーの原作でもヴェルディのオペラでも破滅のドラマである。実際には16世紀の スペイン・ハプスブルク家が破滅していく話しである。そしてその中で登場人物のそれぞれが苦悩を持っている。 オペラの演出は「ノルマ」を手がけたユルゲン・ローゼ。彼は演出だけでなく、衣装や照明なども含めて総合的に演出している。舞台が彼の色に染まる。「ドン・カルロ」ではその話しの内容のように暗い演出となっている。しかし時代考証などもしっかりとなされ、突飛な演出ではない。舞台を観ているものは、それだけその世界に入りやすい。 そして暗い話しを象徴するように男性歌手が活躍する。この日は歌手陣全体に声量もあり、舞台が整っていた。マッティ・サルミネンやパオロ・ガヴァネッリを中心とした男性の低音はそのオペラをより深刻な雰囲気にさせる。 このドラマには様々な対立関係が描かれている。父と子、女性同士の対立、王権と教会、カトリックとプロテスタントなど。そして登場人物にはそれぞれの苦悩があり、その中心が全てドン・カルロに向けられている。そしてそのドン・カルロは破滅しつつあるスペイン・ハプスブルク家を象徴している。その苦悩と破滅をメータ指揮によるオーケストラが、非常に丁寧で、しかし重く厳しい演奏で表現している。 今回のオペラフェストは新演目、シェーンベルクの「モーゼとアロン」で幕を開けた。そしてそれ以外、ほぼ全ての作品が一演目一公演となっている。歌劇場の方によれば、それゆえか練習時間も取れず、ぶっつけ本番が多いオペラフェストであった。 演奏のレヴェルは決して低くないが、何処か魂が抜けたような演奏の時もあった。また今年は例年より気温の高い日が多く体力的にも大変なこともあったのだろう。しかしオペラフェストが終わりに近づくにつれ、色々な場所で「歌劇場総支配人ペーター・ヨーナス卿の最後、歌劇場音楽総監督ズービン・メータの最後」という文字を目にし始めると、演奏のレヴェルも明らかに違ってくるようになった。この日の「ドン・カルロ」もそうだった。観客は熱狂的な拍手とブラヴォーでその演奏に応えていた。 この日のテーマは苦悩であった。そして前日のテーマは救済であった。苦悩と救済。そして愛と信仰。 そういったことを考えながら、ひとり歌劇場を後にした。 |
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(2006年8月6日) |
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