やまねこの物語

日記 オペラフェスト2006
8)『みんなのオペラ』「第九」

前日「みんなのオペラ」でリヒャルト・ヴァーグナーの「トリスタンとイゾルデ」がライブ放送されたのに続き、2006年7月9日(日)、マルシュタル広場でベートーヴェン「第九」が「みんなのオペラ」として演奏された。ライブ放送ではなく野外での演奏で、バイエルン州立オーケストラ(メータ指揮)によるものである(無料)。

この日はとにかく暑かった。特に日差しが強い。広場へ向かっていると携帯電話が鳴った。友人からで、既に広場にいると言うこと。自分も広場へ急いだ。広場に通じるマクシミリアン通りには多くの人がいた。そのほとんどの人が広場に向かっているのだろう。そう思った通り、その人達も広場入り口に設けられたゲートを通りすぎていった。

広場には立錐の余地もない程、既に多くの人で埋まっていた。前日の「トリスタンとイゾルデ」にはマックス・ヨーゼフ広場に約13.000人集まったらしい。サッカー・ワールドカップのドイツ戦の試合時間と重なっていたにもかかわらず、その人の数である。「第九」(17:00-18:30)はその決勝戦(20時)が始まる前には終わるのでその広場にいた数は更に多かったと思われる。

マルシュタル広場はレジデンツ(王宮)とかつてのマルシュタル(厩舎)の間にある。広場と言うよりは厩舎前のスペースといった感じだ。それほど広くない。そこが人で埋まっていた。電話で友人達の場所を確認し、その場所に向かったが、人がいないなら数秒で行けるところが人の間を縫っていくのに10分以上の時間がかかった。彼らを見つけた時、ちょうどバイエルン州立歌劇場総支配人ペーター・ヨーナス卿の挨拶が始まった。

「今年で10年目の『みんなのオペラ』です。」と前日と同じように挨拶が始まり、作品やソリストが紹介された(名前が読み上げられた)。しかしその挨拶の大部分は指揮者メータに関する話しのように思われた。メータにとっても最後の「みんなのオペラ」である。

大きな拍手で舞台に迎えられ、演奏が始まった。このコンサートが始まる直前には「携帯電話を切っておいてください」と言うアナウンスがあり、また演奏中に何か人と喋ろうものなら、「シィー!」と周りから叱責されるような、客席の方からも緊張感が窺えるオープンエアーのコンサートだった。

観客の中には地面に腰を下ろしている人も見受けられたがほとんどの人が立ちながら聴いていた。幅30m、奥行き22mの特設ステージにはオーケストラ、合唱団、ソリストなどが載っていた。そこにいる全員が「みんなのオペラ」と書かれた黒いTシャツを着ている(総支配人も。ただ女性ソリストは「みんなのオペラ」と書かれたショールをまとっていた)。

そして特設ステージの上には雨用の透明ビニールシートがかけられてあり、その中で演奏している人は、まるでサウナの中で演奏していたようになっていただろう。指揮者メータはそのTシャツの上に黒いジャケットを着ていたので更に暑かったと思われる。70歳という年齢にもかかわらず非常にエネルギッシュな熱い演奏だった。その気迫が観客を地面に座らせなかったのかも知れない。

公演後、総支配人ヨーナス卿が挨拶をした。その中で「指揮者メータがバイエルン州立歌劇場の音楽総監督として観客の前で挨拶をするのはこれが最後」と言うことを何度か口にしていた。そしてそのメータが挨拶をした。実際は7月31日までオペラフェストが続き、その中で彼が指揮を振る演目も幾つかある。しかしこうやって挨拶する機会はこれが最後だろう。

彼の挨拶は観客に、ミュンヘン市民に、そして歌劇場総支配人ペーター・ヨーナス卿に対する感謝だった。観客の方も盛大な拍手やブラヴォーでそれに応えている。

しかし何故、その最後のコンサートにベートーヴェンの「第九」(1824年完成)が選ばれたのだろう。過去、「第九」は様々なところで演奏されている。バイロイト祝祭劇場の定礎式の際、バイロイトの辺境伯歌劇場でヴァーグナーの指揮により、この作品が演奏された。またバイロイト音楽祭でヴァーグナー以外の作品で唯一演奏されるものである。

そして東京オリンピック(1964年)に東西ドイツが混合チームを派遣した時、これが国歌として使われただけでなく、ドイツ国内でも国歌として歌われていたことがあった。東西ドイツを分けていた壁が崩壊した直後に演奏されたのもこの作品で、またドイツ再統一の前夜祭で演奏されたのも「第九」であった。「第九」はドイツの象徴の一つと見て取れる。

今回の「第九」はもしかするとサッカー・ワールドカップに合わせていたのかも知れない。プログラムなどにも「決勝戦が始まる前に終わります」と言うことが書かれているだけでなく、歌劇場総支配人の挨拶時にも同じことが説明されていた。家に帰ってから調べてみると昨年、一昨年の「みんなのオペラ」コンサートはいずれも21時開演だった。「第九」の「歓喜の歌」を歌ってから、ドイツの決勝戦を応援するという筋書きがあったのかも知れない。

新聞報道によると、約17.000人がこのメータ最後のオープン・エアーコンサートを聴きに来ていたということ。会場を後にする時、多くの人が「歓喜の歌」を口ずさんでいたり、口笛を吹いていたのが印象的だった。

以下の写真は全て2006年7月9日に撮影したもの。

公演後の模様

公演後の模様

屋外で聴く人達

屋外で聴く人達

指揮台の上にいる歌劇場総支配人ヨーナス卿と音楽総監督メータ

指揮台の上にいる歌劇場総支配人ペーター・ヨーナス卿(左)と音楽総監督ズービン・メータ(右)
 

女性ソリスト

女性ソリスト
 
 

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(2006年8月6日)

 

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